2017年7月10日月曜日

残業は合理的である

【読感】 なぜ、残業はなくならないのか 常見陽平著(祥伝社新書)

 電通の新人女子社員の過労自死事件をきっかけに、「働き方改革」が大きな脚光を浴びています。過労死の問題も深刻ですが、日本の産業、特にサービス業は諸外国に比べて労働生産性が低く ~つまり労働時間の長さに比べて生み出す付加価値が低く~ 産業競争力を向上させる意味からも勤労者の労働時間の効率化が求められています。
 その対策として誰もがまず思い浮かべるのは、時間外労働つまり残業を減らすことです。
 夜になっても煌々と明かりがつくオフィスビル。延々と続く内容のない会議や目的不明な資料の作成作業。ここで労働者は終電まで仕事をし、疲れ切って帰宅する。家では寝るだけ。休日もまた、寝るだけ。
 これではとても豊かな生活といえないし、能率も決して高くないはずです。諸悪の根源は残業であり、残業を減らせばこれらはすべて解決するように思えます。 


 しかし著者の常見陽平氏によれば、この問題はそれほど簡単ではありません。政府が主導する「働き方改革」も、それに伴って企業や労働者に強く要請される残業削減対策、生産性向上対策も、多くはピントがズレたものであって、大山鳴動ネズミ一匹、効果はさほど生まれないだろうと言うのです。

 その理由の一つは、残業削減も含めた「労働時間の削減」は日本社会にとって今に始まった問題ではないことです。オイルショック期の昭和40年代から一貫して危機が唱えられ、様々な取組みがなされてきたものの、目に見えた大きな改革にはならず、今なお日本人は働き過ぎだとか、日本の労働生産性は低い、と言われ続けている根が深いものだからです。
 実際に統計を見ると、確かに日本の労働者の総労働時間は徐々に減少傾向にあります。しかしこれはパートなどの非正規労働者が増加したためで、いわゆる正社員に限って見ると労働時間はほとんど短縮していません。

 ではなぜ残業は減らないのか?
 会議をダラダラやっている。上司が残っているから部下は帰りにくい。過剰なまでに丁寧な仕事をしすぎる。年功序列で人事評価が能力本位でない。などなど、ダメな理由は今までもたくさん挙げられてきましたが、常見さんのコメントには納得させられます。

 すなわち、「残業は合理的」だから減らないのです。減らす必要がないのです。

 和をもって貴しとなし、自己主張が何よりも忌み嫌われる横並びの日本型組織では、忠誠を示すのは、できる限り皆と遅くまで一緒に仕事をして一体感や連帯感を確認し合うことが最も有効なのです。
 特に大企業は終身雇用が多いので、諸外国のように転職を前提にした人生設計は存在しません。会社に忠誠を見せ続けることが出世につながるのです。ここでは、仕事を効率的に(できるだけ短時間で)行おうなどといったインセンティブは一切働きません。
 
 一方で、長時間労働は労働者の安定雇用確保の意味も持ちます。
 自分の職務と権限・責任が明確に労働契約で合意されている諸外国と異なり、日本の社員は職務範囲があいまいで、すべてに臨機応変な対応が求められます。人事異動も頻繁で、さまざまな職場や職種を経験することがキャリアアップなので、常に新しい不慣れな仕事に向かい合わねばなりません。同時に、こうしてマルチタスク社員として成長し、会社と一体になっているので、会社の業績が悪くとも解雇されることはありません。長時間労働で貯金してきた忠誠は、このような場面での雇用継続によって相殺されるのです。

 常見さんは、このように日本の会社組織が ~会社に限らず、学校でも病院でも役所でもどこでも~ 残業を前提に成り立っていることを「憎らしいほどの合理性」と呼びます。現実に、ダラダラ仕事をすることで時間外手当を稼ぐことを生きがいにする労働者も多く、企業や組織はそれを黙認しています。

 では、どうすればいいのか。会社や労働者はどうしたらいいのか。
 詳しくはぜひ本書をお読みください。
 わしが興味深かったのは、厚生労働省の「平成28年版過労死等防止対策白書」で調査されているという「長時間労働者が発生するのはなぜか?」という同じ質問を経営者と労働者の双方に問いかけた、その結果です。
 詳細は書き尽くせませんが、常見さんは「この結果で明らかなのは、長時間労働の原因は労働者側はもちろん、経営者にとってもコントロール不能なものがいくつもあるということ」を強調します。
 巷間言われるように「仕事にメリハリをつければ残業は減る」といった類の甘っちょろい話ではなく、社会的な要請の結果として生まれている長時間労働の根本原因にまで踏み込まないと、働き方改革もかけ声倒れになってしまうというということなのです。

はんわし的評価 ★★☆  読みやすい本で、現状や取るべき対策がよく整理できる

0 件のコメント: