2017年6月2日金曜日

「宮川堤」が土木学会選奨土木遺産に

 国土交通省三重河川国道事務所のホームページによると、一級河川宮川の下流、伊勢市内の右岸堤防(通称「宮川堤」)が平成28年度土木学会選奨土木遺産に認定され、先月名古屋市内で認定書授与式が行われたとのことです。
 推奨土木遺産とは、歴史的な土木構造物の保存に資することを目的に設立された認定制度で、三重県内では5例目となります。
 宮川堤は、近世(江戸時代)に伊勢神宮・外宮とその鳥居前町である山田の市街地を洪水から守るため築かれた堤防で、本堤と刎出し(はねだし)、堤外植樹等で構成され、現代でも治水機能を持つ土木遺産であることから認定に至ったそうです。
 伊勢市役所ホームページにある「宮川堤の歴史年表」を見ると、外宮と山田の街の歴史は、宮川の洪水との闘いの連続だったことがわかります。
 今では想像することが難しいですが、古代~中世の宮川は河道が一定しておらず、現在より南側(市街地側)には複数の支流が流れ込んでおり、大洪水が数十年おきに常襲していました。


 本格的な堤防の築造が始まったのは江戸時代になってからで、1685年(貞享2年)に造られた「駿河提」、1702年(元禄15年)の「周防堤」、1742年(寛保2年)の「棒堤」などによって現在の河道に固定されたのでした。

伊勢の博物館HP より

 江戸時代の宮川の様子は、歌川広重が描いた「伊勢参宮 宮川渡しの図」が有名です。宮川には橋がなかったので、全国から押し寄せた参詣客の渡河には、もっぱら渡し船が使われていました。
 この絵は文政年間(江戸時代終わりごろ)の描写で、3カ所あった渡し場のうち一番利用者が多かった「桜の渡し」付近を左岸側から見たものだと思われます。対岸(右岸)には堤防らしきものが連なっているのが見え、これが江戸時代に築堤されたもののようです。
 しかし、常夜灯が建ち、家並みが始まるあたりは堤防がなく自然の河原のままです。大量の参詣者や物資を受け入れるためには堤防を切り通す箇所がどうしても必要だったのかもしれません。

 現在、この付近の宮川堤防は改修工事が進められており、機能強化が図られています。この工事の際も、「江戸時代に造られた堤防(突出し堤)は、洪水の流れを弱めて本堤を守る複合的な治水システムであり、現在もその機能を発揮しています。」と評価されており、先人たちの知恵は見事なものだったと敬服せざるを得ません。
 宮川堤といえば桜の名所で知られていますが、散策の際は、こうした今に伝わる土木遺産の価値も見直してみてはどうかと思います。

■土木学会選奨土木遺産 宮川堤

■宮川右岸堤防改修の意見募集(三重河川国道工事事務所)

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