2017年6月14日水曜日

日本社会が沈滞している理由

 今から数年前です。町ゆく庶民に「一番パンダが多くいる都道府県はどこだと思いますか?」とインタビューする番組をやっていました。
 東京ロケと思われ、そのためか半信半疑に「東京?」と答えるか、「それは東京でしょ。上野動物園!」と断言している人がほとんどで、最後に「それは実は和歌山県です」と教えられると一様に驚愕していました。
 「ええっ! 和歌山にパンダがいるの!?」というふうに。
 面白おかしく映像を創るのがテレビですから、正しく答えた人は全部カットされていたのでしょうが、このような情報格差というか、地域格差の認識は、東京の人だけでなく、地方に住んでいる人も実は同じではないかと思います。東京には何でもある、東京が一番である、とは東京都民だけ、首都圏の住民だけでなく、全国の人が何となくそう思っているのです。


 そんなことを思ったのは、上野動物園のシンシンなるジャイアントパンダが子どもを出産したことが、まるで国家の一大事でもあるかのように大ニュース扱いされているのを見たからです。
 上野動物園が5年ぶりに出産にこぎつけたのに対して、和歌山県田辺市にある「アドベンチャーワールド」はパンダが7匹もおり、しかも平成26年に2頭、平成24年には1頭、平成22年にも2頭が生まれており、つまりほぼ2年ごとに赤ちゃんが生まれていて、この繁殖技術は世界的にも高く評価されているにもかかわらず、アドチャの出産はあくまで関西ローカルニュースの扱いなのは、客観的に見てやはりバランスを欠くのではないかと思わざるを得ないのです。

 この差は言うまでもなく、マスコミの集積度の差です。地方の住民にとっては地域内のどうでもいいイザコザに過ぎない豊洲市場移転とか都知事選挙のことが全国ニュースとして大きく報道されるのも、どうしてもマスコミ関係者は東京やその周辺で生活しているので、ニュースバリューの地域差を補正する能力を持たないからです。そして、そういった「発信の補正能力を欠いた」人たちが送ってくる記事やニュースは、受け手の東京優位、東京上位の認識をますます固定化していきます。

 極端な話、今の日本が沈滞化し、何となく希望も元気もなく、ずるずるだらだらと低いほうに流れていくように感じるのは、こうした「価値観の固定化」あるいは「情報発信源の一極集中」が原因ではないかとわしは思います。つまり、地方の出来事が正当に評価され、発信されないことが問題なのです。
 アドチャのスタッフがいくら飼育や繁殖に頑張っても、地元選出の国会議員が中国と太いパイプを築いてパンダのレンタルに尽力しても、和歌山の「パンダ力」は一上野動物園のパンダ力にまったくかなわないのです。

 この構図は、いわゆる「地域おこし活動」とか「地域経済活性化」の業界でも相似形が見られます。
 住民の地域活動への参画によって、経済的なものさしとは別に、自然環境や近所づきあいに恵まれ、豊かな生活を送っている地方(いわゆる「田舎」)は決して少なくないのですが、このことは他の地域にはほとんど知られず、報道されたとしても「地域おこしに頑張っている人々」みたいな陳腐なエピソードとして扱われ、その生活様式が、今の、そしてこれからの日本社会にどう位置づけられるべきものかを考えようともしない。

 あるいは、田舎の人々も、他の田舎の生活がどんなもので、どういったコミュニティが構築され、そのために人々や行政、企業、市民団体などがどんな工夫や努力をしているのかの本質を知ろうともしない。ただただ「地方創生」とやらで国からカネをとってくることばかりに官民挙げて腐心している。
 こんな例が少なくないのです。

 まずは、田舎でも優れた生活や仕組みや、資源があることを理解する。そして、それはどうしてそうなっているのか、地域が自発的に努力していることは何なのかを知る、~マスコミはそれを伝える~ ことからやり直すべきではないかと思います。
 人口の集中よりも、情報発信の集中、そしてその情報の平板化のほうがよほど恐ろしいのではないでしょうか。

(注)もっとも、東京への人口一極集中というのも、客観的なデータを見るともはや昔に比べて特別に激しいものではありません。そうではなく、若者全体の人口が急激に減っているので、地方には若者が少ないのです。

0 件のコメント: