2017年5月23日火曜日

地域活性化の正攻法に思える

 今日ふと紀南新聞オンラインを見ていたら、わしにとって大変な驚きに思えるニュースが載っていました。団結して熊野地域活性化 美し国おこし引き継ぎ という5月18日付けの記事です。
 美し国は「びしくに」ではなく、「うましくに」と読ませます。先代の三重県知事が提唱した政策で、日本書紀に「伊勢の国」(はんわし注:古代国制であり、現在の三重県の一部に当たる)が「都にも近い、美しい国(うましくに)」であるという表記があることから着想したもので、三重県の多様な自然や風土、文化、伝統を総称した「文化力」なる概念を定義し、文化力を使って県内の各地域を活性化していこうという社会運動でした。
 この文化力とやらがあまりにも漠然とした概念だったため、政策としての「美し国おこし」活動は、市民活動、地域ビジネス、文化、農林水産業、商工業、福祉か、はたまた教育か、いろいろな分野のさまざまな活動がごった煮となって、かえって外部からは(内部からも)何をやっているのかがよくわからない運動になってしまいました。
 その後、美し国おこしを提唱した知事が退任して、新知事からは前任者の政策ゆえまったく顧みられることがなくなり、自然と県政からは消滅し、そのうち事業も終了して、わしも含め多くの県職員も忘却の彼方にあった、その「美し国おこし」が、紀南新聞が報じるところによれば、熊野市や南牟婁郡ではまだまだアクティブだというのです。


 記事の概要は
・紀宝町、御浜町、熊野市の16団体で組織する「美し くまの活性化協議会」第1回交流会が熊野市内で実施され、平成29年度の事業について協議した。
・平成21年から26年に実施された県事業「美し国おこし・三重」に参加した1市2町が昨年、同協議会を結成。16団体が熊野地域の活性化に向けた取り組みを進めている。
・本年度は連携事業として4半期ごとに交流会を継続。協議会PRイベントやネットによる情報発信、活動紹介などを希望するグループの支援などの連携事業も挙げられた。
・ほかにも教育機関や地域の子どもたちとの連携にも取り組み、教育関係の行事にも協力していく。
・本会で協議された情報発信については、フェイスブックに専用ページを設け、各団体が協力して管理しながら行事の様子、団体の紹介などを行っている。
 というもの。(紀南新聞の記事へのリンクはこちら

 わしは正直言えば、前知事時代の美し国おこし政策はいかがなものかと思っています。この政策の目標の一つに掲げられた、「新しい時代の公」、つまり、今までは官が独占してきた公共領域を、行政以外にも企業やNPO、学校、地域などの多様な主体で担っていこうという理念は時代を先取っていました。
 しかし、戦略と戦術の一体感がなく、リーダーシップの不足もあって、結局は「知識集約型産業の振興」などといった陳腐な企業誘致策に巨額の予算をつぎ込むなど、具体的な県事業を見ると、一貫性も先見性もなかったからです。

 しかし、その一方で、三重県の紀南地域ではこの協議会のように、コミュニティ団体、愛好家団体がネットワークを作り、共通の目標に向けた協力体制を築いているのです。これは、構成団体の地力が高いことももちろんでしょうが、やはり美し国おこしが起爆剤になった成果だと思わざるを得ません。

 昨日このブログで、経済産業省の若手官僚が「不安な個人、立ちすくむ国家」という提言を公表したことを取り上げましたが、多くの地域おこし関係者、あるいは心ある地方自治体職員にはとっくに自明な、「公の課題をすべて官が担うのでなく、意欲ある個人が担えるように」といった趣旨の提言を今さらしているのを見ても、おそらく受験エリートである若手官僚が今まで学校で学んできたものの生活感のなさとうか、現場目線の乏しさは深刻なものがあり、もはや国の省庁や官僚が社会を変えたり、地域を活性化したりすることはできない ~もしくは、果てしなく道は遠い~ ことは明らかだと思います。

 迂遠なようであり、進んでいるのか、止まっているのか、はたまた退歩しているのか、よくよく見ないとわからないスピード感であるにせよ、「美し くまの活性化協議会」のようなコミュニティ活動の積み重ねが、結局は地域を疲弊から救う唯一の方法であることをわしは強く再認識したのでした。

■美し くまの活性化協議会 フェイスブックページ

0 件のコメント: