2011年11月30日水曜日

1個1800円 ロッテリア松阪牛バーガー

GIGAZINEに 1個1800円もするロッテリア「松阪牛ハンバーグステーキバーガー」試食レビュー なる記事が載っています。

 このハンバーガーは、「ご褒美バーガー」というサブタイトルが冠され、もちろん数量限定。日本を代表する高級グルメ「松阪牛」の、100gというやや大きめのハンバーグが使用されているとのこと。

 松阪牛の本当の値段(原価)はどれくらいなのか、関心を持つ方も多いと思いますが、ちょうど松阪牛の地元である三重県松阪市では、松阪牛のコンテストである第62回松阪肉牛共進会が11月27日に開催されました。(夕刊三重新聞の記事はこちら

 
出場資格は兵庫県産で900日以上地元松阪で肥育した特産松阪牛であり、決勝には予選を勝ち抜いた50頭が出場。体のバランスの良さや毛並みなどが審査された結果、優秀牛には「きくはる号」が選ばれました
 この「きくはる号」は体重680kg。落札価格は2010万円だったとのことです。
 他の牛については平均落札価格は250万円だったとのこと。

 さて、その原価として、ロッテリア松阪牛バーガーは高いのでしょうか? 安いのでしょうか?


■ロッテリア ホームページ http://lotteria.jp/index.html

2011年11月29日火曜日

東京の区と大阪の区の違い(おさらい)

地名に「なになに区」と付くところがあります。東京都練馬区とか、大阪市城東区とか。
 同じ「区」という名前ですが、法律的な意味あいは、実は全く違います。

 大阪市とか名古屋市のような「政令指定都市」にある区は、一つの市があまりに大きいので、行政サービスを効率よく行うために市域を細分化して区を設定した、単なる地域の呼び名にすぎません。
 区役所というのも、市役所の出先機関であって、普通の市(たとえば三重県伊勢市)なら、出張所とか、支所と呼ばれるようなものと位置づけは同じです。
 区長も、市役所の職員が人事異動でやってくる一つのポストに過ぎません。重要な決定は区で行うことはできず、市長や市議会が行うことになります。

 それに比べて、東京都の区は、地方自治法上、「特別区」と呼ばれています。大阪府大阪市鶴見区、とか、神奈川県横浜市港北区、とか、政令指定都市の区には「冠」として市の名前が付きます。(繰り返しますが、これは区が市の出先機関に過ぎないためです。)

 一方、東京の区には市という「冠」がありません。
 戦前はそうではありませんでした。東京府には東京市があって、その中に区があったのです。
 しかし、太平洋戦争中、戦時下の動員や物資の徴収、防空体制の伝達などを効率的に行うために、中二階である東京市は廃止され、東京「都」の下に直接「区」が置かれるようになったのです。

 このため、特別区(東京の区)は政令指定都市の区と違って、区長は選挙で選ばれ、区議会があって、議員も選挙で選ばれます。
 この面では、独立した市(とか、町や村。専門用語では市町村は基礎的自治体といいます。)と同じ権能があります。

 しかし、市町村なら普通にあるはずの、基本的な業務のいくつかを持っていません。
 ここが決定的なポイントです。
 市町村は住民に密着したたくさんの仕事をしていて、数えきれないほどですが、乱暴に大きくまとめると、以下の5つの仕事をやっています。

 その1 小学校や中学校の設置と管理
 その2 消防業務
 その3 上下水道の管理や道路とか公園の管理
 その4 ごみの収集と処理
 その5 介護保険とか国民年金、公衆衛生、福祉
 
 しかし、特別区にはその2、その3の仕事がありません。
 消防は東京消防庁、上下水道は東京都水道局と下水道局がやっている、いわば都の直営になっています。(ごみも収集は区、最終処分は都だったのでは?)

 その意味では、特別区は普通の市町村「未満」の不完全な基礎的自治体ということになります。東京23区というとすごく都会的なイメージがありますが、実は重要な事務は都に依存しているのです。

 これが良いか悪いかは一概に言えません。

 今度大阪市長になる橋下さんが主張している大阪都構想も、大阪府と大阪市の二重行政の解消が目的であり、東京都や特別区が効率的な戦争の遂行という目的で誕生したことを思い起こすと、「効率化」は確かに達成できるからです。
 また、大阪都の各区も住民が選挙で選んだ自前の区長と区議会を持てば、住民の声も反映されやすくなり、同時に住民の責任も自覚されることになります。

2011年11月28日月曜日

大阪維新の会、圧勝

昨日の大阪市長・大阪府知事のダブル選挙は、大阪市長選では大阪維新の会代表(前大阪府知事)橋下徹氏が、現職の平松邦夫氏(63)に23万票以上の差をつけて圧勝。
 知事選では、同じく大阪維新の会幹事長の松井一郎氏(47)が、他の候補者を大差で破って初当選し、大阪維新の会が共に完勝という結果になりました。特に市長選の投票率は1971年以来40年ぶりとなる60.9%という高投票率になったとのことです。
 もっとも、これ自体は、わしの大阪の知人もほとんどが橋本、松井の両名がきっと勝つやろ、と言っていたので大きな驚きはありません。

 お二人には、公約である大阪都構想をぜひ推し進めていただきたいと思います。

 これによって、誰が本当の敵かがあぶりだされてくることでしょう。
 口では地方分権、地方主権を唱えても、本質的な「利権の再分配装置」としての地方自治体のあり方や、国-地方の関係が見直され破壊されようとすれば、右も左も関係なく、それによって利益を得ている勢力が一斉に修羅の群れと化して大反対することは目に見えています。
 歴史の流れの中では、その勢力とて滅び去る時が来るのは自明ですが、それが決定的になるまでには無数の反動や巻き返しが起こるはずです。

 毛沢東の言葉が思い起こされます。

 私が考えるに、個人でも、政党でも、軍隊でも、学校でも、敵によって反対されないのは我々にとって良くないことだ。きっと敵と同じ腐敗に落ち込んでいるのだ。
 もし敵によって反対されたら、良いことだ。敵と一線を画していることの証明だ。
 もし敵がやっきになって反対し、我々のことを、めちゃめちゃだ、一つも正しいところがないと言って攻撃してくるならば、これはもっと良いことだ。敵と一線を画している証明であるばかりでなく、我々の活動が立派な成績を上げている証明でもあるのだ。
                                  ・・・・・毛沢東語録より

2011年11月27日日曜日

尾鷲の集客に「三日に一魚」が使えないものか?

 近ごろ尾鷲に行く機会があまりなく、今年はせっかくの秋の行楽シーズンも、熊野古道を散策することができませんでした。
 
 読者にはまたその話かと思われるでしょうが、尾鷲は大変良いところで、実際には高速道路を使うと意外に短時間で行くことができます。(アクセスは尾鷲観光物産協会ホームページの「アクセス」欄を参照→こちら

 しかし、三重県でも北部・中部の人から見ると、心理的な距離感は相当なものがあります。
 また、観光面でも、熊野古道が世界遺産になって、それが前面に出たキャンペーンが続けられてきたせいもあって、「熊野古道以外に何があるのか?」がよくわからない状況になっています。

 これは大変残念なことで、やはり市民の方や事業者の方にはどんどん情報発信をしていただきたいと願います。(そして、その情報がちゃんと地域外に届くように。)

 前から思っていたのですが、尾鷲には岩田昭人尾鷲市長が頻繁に更新している「三日に一魚」というブログがあります。これをもっと使えないものでしょうか。

 市役所のブログの記事は、一種の公共財なので、「三日に一魚で紹介された魚が食べられる店」とか、「この魚が、あの三日に一魚で取り上げられたなになにです」みたいに、もっと実利的な、商業ベースでの利用ができないかと思うのです。

 「尾鷲にはおいしい魚、珍しい魚がいろいろある(ありそう)」ということは、なんとなく市外の人々にも尾鷲の地域イメージとして形成されていると思います。
 しかし、先日の北川さんの講演にもあったように、問題なのは、それが尾鷲のどこで食べられるのか?、買えるのか?、見られるのか? ということです。

 その際、「市長が自ら書いているブログ」、「魚についてはものすごく博識で、尾鷲のおさかなクン」みたいな三日に一魚のブログと、尾鷲市民や市内の事業者がコラボしている、という仕掛けは、マスコミ向けの話題作りとしてもユニークなものではないでしょうか。

2011年11月26日土曜日

ヤマダ電機LABI名古屋に行ってみた

 昨日開店したばかりのヤマダ電機LABI名古屋に行ってきました。名鉄百貨店のテナントとしての入居であり、名古屋の顔ともいえる「ナナちゃん」もヤマダ電機の黄色いハッピを着せられていました。

 かつて4Mと呼ばれ、松坂屋、丸栄、三越と並んで名古屋を代表するブランド百貨店の一角を占めていた名鉄百貨店ですが、10年前のJR高島屋の出店によって名駅戦争とも称された激しい競争に追い込まれ、その後、伊勢丹との提携によって紳士服売り場の「メンズ館」や若者向けの「ヤング館」などを改装オープン。
 一発逆転を狙いましたが結局業況は改善せず、とうとうヤング館は閉鎖、ヤマダ電機のテナント出店となったのでした。

 都心のターミナル駅にあるデパートに代わって、大型家電量販店が入店するというのは、東京有楽町とか、最近では京都などでも見られる現象で、デパートというビジネスモデルの退潮と、カテゴリーキラーの台頭のわかりやすい例としてよく用いられます。

 しかし、家電量販店とてかつての隆盛は失われつつあるというのが多くの識者の指摘するところです。

 まず薄型テレビの価格暴落、販売不振があります。昨年までのエコポイント特需が終わり、各メーカーは3Dやインターネットテレビなどの新製品を投入しましたが、ブームと呼べるまでには至っていません。

 その他の家電も省エネ化や高機能化は進んでいるものの、決定的なヒット商品はなく、夏以降、各家電量販店の売り上げが低迷していることも大きく報じられました。

 ヤマダ電機LABI名古屋に一歩入ると、ほぼスマートホン専用と化した広大な携帯電話売り場に圧倒されます。今年はソフトバンクによるiPhoneの独占販売が崩れたり、ドコモの冬型モデルのほとんどがスマホだったりと、唯一スマホが気を吐く年だったことを象徴している光景でした。

 それにしても不思議なのは、旧ヤング館の1階から5階、のべ9250㎡にもなるという売り場の(おそらく巨額な)テナント料と、下落傾向が続く家電価格とのバランスで、それでもなお大型店舗を出店し続ける家電業界の収益構造です。
 何でも5年後にはヨドバシカメラも名古屋駅近隣に出店する予定だそうですので、ますます混沌としてくるのですが、このような中で、いったい勝者は誰になるのでしょうか。
 いや、そもそも勝者は生まれるのでしょうか?

2011年11月25日金曜日

「おかげ」というビジネスモデル

 伊勢市内のターミナル駅などに「おかげバス」と書かれたバス停があります。
 多くの観光客は、有名な観光地である「おかげ横丁」に行く直通バスだと勘違いするようなので、わざわざバス停の下に「おかげバスは伊勢市のコミュニティバスです。おかげ横丁の方には行きません」と注意書きしてあるほどです。

 ことほどさように「おかげ」というと「おかげ横丁」を連想してしまうのですが、言うまでもなく「おかげ」という言葉の由来は、伊勢神宮の「おかげ参り」から来ています。

 おかげ参りとは、江戸時代、民衆による伊勢参宮がある年に限って爆発的に発生した現象です。
 文献に残るものは、慶安三年(1650)、宝永二年(1705)、享保三年(1718)、享保八年(1723)、明和八年(1771)、文政十三年(1830)、慶応三年(1867)の7回あり、最後の慶応のおかげ参りは俗に「ええじゃないか」と言われています。
 宝永二年のおかげ参りの例では、4月上旬に京都付近の近畿地方から発生し、1か月間で300万人以上が全国から伊勢神宮に押し寄せたとのことです。(山川出版社 三重県の歴史より)

 主に奉公人の少年たちが主人の制止も聞かず伊勢に向かった(封建制で身分秩序が絶対だった当時、これは「抜け参り」と呼ばれるアナーキーな行動でした)ことがきっかけとなり、その後、大人たちにも抜け参りが広がりだしました。
 十分な旅の準備もせず、一種の熱狂で出かけてしまうことから、道中ではその土地土地の人々より施しを受けながら旅を続けました。
 沿道の人々はおかげ参りの一団に食事や草鞋、さらには金銭まで与えていたそうです。これは参宮という善行に進んで協力することで神威にあやかりたいという善意でもあったでしょうが、一日何千人、何万人もの人々が押し寄せてくるのですから、集団が秩序を乱して暴動にならないようにとの懐柔策だったのが真相ではないかとわしは思います

 しかし、いずれにせよ、現実に何百万人もの人が無一文の着のみ着のままで、人々の情け、おかげによって伊勢参宮をすることができたのです。
 この「施し」の精神、施しという表現が悪ければ、敬神思想にのっとった「相互扶助」の精神は、伊勢の人々の共通の思いとなって地域の精神史が形成されることになりました。

 おかげ横丁もその精神を讃えてネーミングされたものでしょうし、おかげバスもきっとそうだと思います。

 また、ベンチのオーナー(スポンサー)になることで人々に憩いを提供するという「おかげベンチ」というものもあります。
 これは今でいうCSRで、昔でいう「おかげ」だと言うわけです。(リンクはこちら→貫じん堂 おかげベンチ

 今現在、世の中は混沌として、ピンチとチャンスは目まぐるしく入れ替わり、先が見通せない時代です。このような時こそ、過去を振り返り、似たような境遇を祖先たちはどう考え、どう対処したかを見直し、未来への指針とすべきではないでしょうか。

 そう考えながらいろいろ調べると、「おかげ」という相互扶助や社会的責任であったり、江戸という巨大マーケットに進出して流通を一手に握り、流行を仕掛けて消費を喚起した「伊勢商人」とか、全国をくまなく行脚し、伊勢神宮の神徳を説いて信者の「講」を組織させ、集団参拝旅行のエージェントとなった伊勢御師(おんし:伊勢神宮の中~下級神職)、さらには山田羽書とよばれた紙幣の発行など、伊勢には数多くの画期的なビジネスやビジネスモデルがあったことがわかります。
 
 残念ながら、そのような伊勢発(三重発)のアントレプレナーシップが、現代の経営者やビジネスマンに十分に知られているとは言えません。
 伊勢の伊勢たるゆえんは、こうした先駆的な事例が多くあったことです。
 単なる観光地やグルメのPRでなく、未来のために振り返るべき過去の事例として、経済史的な視点からの歴史の振り返りが、他の凡百の観光地と比べての差別化要因にもなるはずです。

お伊勢参りが大ブームらしい(2010年5月9日)

2011年11月24日木曜日

2011年11月23日水曜日

今日は新嘗祭(勤労感謝の日)

今日、勤労感謝の日の祝日が、昔の新嘗祭(にいなめさい)という神事に由来していることは何かで聞いたことはあったのですが、わしの一生において今日の今日まで、それを強く意識することはありませんでした。

 しかし、今現在、はんわし的に「伊勢の歴史文化」、なかんずく「伊勢神宮の歴史と雑学」がマイブームになっており、何冊か連続で本を読んでいるので、今日まで縁もなく興味もそれほどなかった新嘗祭を見に、伊勢神宮(外宮)へ行ってみることにしました。

 伊勢神宮ホームページによると、新嘗祭とは
  「しんじょうさい」ともいい、新穀を天皇陛下御自ら神々に奉られ、また御自らもお召しあがりになる大儀が宮中で行われるに際して、神宮へは勅使を御差遣 (ごさけん)されて、奉幣の儀が行われます。また、それに先だって神饌を奉り大御饌の儀を行います。引き続き別宮以下諸宮社でもお祭りが行われます。
 というマニアックな解説がされています。

 外宮正宮では朝7時から神事が執り行われているそうなのですが、これには遅れた(寝坊した)ため、外宮の別宮である多賀宮(たかのみや)の様子を見に行くことにしました。
 しかし、こちらもすでに神事は始まっており、外宮の同じ敷地内にある多賀宮の境内は参拝停止になっていて社殿に近づくことはできません。
 数十名の参拝客が足止めされていましたが、珍しい神事に遭遇できたということで、衛視の詰所にある防犯用?のモニターに映る神事の様子を興味深そうにのぞきこんだりしています。


 待つこと10分ほど。神事を終えた神職たちが整然と境内から下ってきました。

 
 砂利石を踏みしめる沓音がザッザッと響き、非常に厳かな空気が流れます。(といいつつ、写真はみなさんしっかり撮っていましたが)

 
 一行は(おそらく)外宮の斎館に戻られ、午後から行われる伊勢神宮内宮での新嘗祭に出仕されるのだと思います。

 外宮は「豊受大神」という神様が祀られているのですが、この神様は内宮の祭神である「天照大神」に日々の食事を提供する役割を担っています。
 それが転じて、農業や漁業、養蚕業など、自然からの恵みをいただく産業の守護神として広く崇敬を集めています。

 現在、日本経済の主役はもはや工業であり、商業やサービス業ですが、農林水産業は神格化し、神様が応援してくれているのに対して、商工業は格下だという実感は(もちろん、商いの神様、匠の神様もいるわけですが)抱かざるを得ません。

 農林水産業こそが日本文化の原点である、という考え方は、人間、食べるもの、着るものがなくては生きていけませんから、もちろん大事にしなくてはいけません。
 しかし、世の中の動きにあわせて、考え方は少しずつ変えていかなくてはいけないのも確かです。
 純粋に大地や海からの新たな恵みを神様に奉納した新嘗祭が、商工業も含めた広い意味の産業全体としての「勤労」への感謝に変わった(=勤労感謝の日が制定された)のは昭和23年からだそうです。
 そうやって徐々に、少しずつ、日本の悠久の歴史は変わっていくのでしょう。

三重県の組織改編

鈴木三重県知事が22日、県議会に対して行財政改革案などを説明し、あわせて来年度から県庁の大幅な組織改正を行う案を示したことが各紙に報じられています。

 組織改正の目玉は2つあり、一つは、危機発生の未然防止と、発生時の迅速・的確な対応のため、全庁を総合的に調整する強い指揮権限を持つ職が必要として、副知事級の「危機管理統括監」というポストを新設すること。
 もう一つは、県庁の現行の八部(はんわし注:部は国にたとえると何々省にあたる。)を、防災対策、戦略企画、総務、健康福祉、環境生活、地域連携、農林水産、雇用経済、県土整備の九部に再編するとおいうものです。

 いろいろ議論はあるでしょうが、何のことはない、野呂、北川、さらに田川県政の昔に先祖返りしたような感じです。20年前は、企画部とか、地域振興部とか、商工労働部というものがありました。そのころに逆戻りすると考えるとわかりやすいのでしょう。
 産業関係でいえば、北川県政の時に、農林水産業と商工業は同じ産業として一体的に振興する必要があるということで、全国で初めて両分野を合体させた「農林水産商工部」を誕生させました。
 その後、林業に関しては産業振興という捉え方より、地球温暖化対策など環境面からの施策推進が有効だということで環境部門と合体して、環境森林部になりました。
 これを解消することになるわけですから、三重県型産業として創生を目指したはずの農(林)水産業×商工業がなぜうまくいかなかったのか、これからどうしていくのかの検証と議論が必要でしょう。
 また、雇用施策(労働施策)もいったん商工業と切り離したものが復活するので、その辺の検証と議論も不可欠だと思います。

 しかし、正直言って気になるのは、高齢化が進み逆ピラミッド化が進む県庁職員の年齢構成において、現在「部長級」職員として扱われている「理事」というポストが廃止されると、部長級の大量の職員の行先はどうなるのかということです。国のキャリア官僚ならいっせい肩たたきされてどこかへ天下りするのでしょうが、県の場合は考えにくい。管理職は給料も削減され、ポストもなくなるのですからお気の毒な話です。

 一方で、現状は、部長、副部長、総括室長(一般で言う部次長に相当)、室長(課長に相当)、副室長(課長補佐に相当)といったようなすっきりしたラインでなく、途中に理事、特命監、副参事といったような中二階のポストが異常にたくさんあり、指揮命令系統が非常にわかりにくい体制になっています。
 このことは県職員の名簿を見ると一目瞭然です。しかし、ポストが複雑なため人材も玉石混交で、実際に、部下であるはずの中二階が上司である部長を面罵叱責したり、多数の職員の見ている前で名前を呼び捨て、公然とアホ呼ばわりするというモラルハザードが一部に蔓延しています。

 日本一若い知事は、自分の父親ほどにもあたる年上の部下たちを使いこなすのは大変なのでしょうが、若い職員のモラルダウンにつながりかねない人事の停滞を一掃し、早急に立て直す必要があるようには感じます。

2011年11月22日火曜日

リニアで名古屋もストロー化する

共立総研が公表した「名阪メガリージョンという選択 ~東海と関西が連携すべき5つの理由~」 というレポートを読みました。
 共立総研は岐阜県に本拠を置く地方銀行でありながら、中部全域を視野に入れた示唆に富むレポートを次々発表しているのですが、今回は「ありゃ?」という感じの、佳作にとどまった印象でした。
 皆様もご一読ください。(リンクはこちら

 リニア新幹線の東京~名古屋間は2027年に全通する予定ですが、仮に東京・名古屋が40分で結ばれるとなると、中部地方の雄である名古屋とて巨大なメガロポリス東京の引力に引き込まれてしまい、いわゆる「ストロー化現象」が起こるであろうという予測はその通りだ思います。

 具体的には
・名古屋から東京へ人が動くことは、買い物やコンサートのような一時的な目的によるものだけにとどまらない。進学や就職を契機としてと東京へ恒常的に人口が吸い上げられる。
・リニアが開業して名古屋が東京の通勤圏になれば、高額所得者を中心に名古屋に住んで東京で働く人が増えるのでストロー現象はそれほど進まないという見方もあるが、リニア通勤するような層は、ビジネスの機会、フェイストゥーフェイスの情報量、コンサートや展覧会のような文化接触のチャンス、子女の教育環境など、どれをとっても東京へ住むことを望むはずであり、リニア開業によって東京に住んで名古屋で働く人がむしろ増える。
 などとあり、非常に説得力を感じます。

 それではどうすればいいのか。
 最も肝心なこの部分が、実はよくわからなくなります。

 要するに、経済のグローバル競争が激化する中、名古屋だ大阪だと狭い日本でいがみ合っていては、世界はおろか東京とも戦えない。なので、「名阪メガリージョン」なる、産業政策や海外企業・外国人観光客の誘致、防災、道路などの広域インフラ整備といった個別の分野ごとに緩やかな連携を図ることを提唱しているのですが。

 これだけでもよくわからないうえに、レポートによると、このメガリージョンとは「道州制が導入されたときに同一の同州を構成するようなものではない」とあり、さらに関西が先行している「広域連合」でもない、とわざわざ説明があるのでイメージが非常にぼんやりしてきます。
 そして、東海と関西が連携すべき理由として、距離が近いこと、経済規模が大きく両方を合わせるとGDPは世界8位になること、など5つが列挙されています。
 新聞などが大きく報じたのは、」5つの理由のうち一つの
・関西にはリチウムイオン電池や太陽電池などの産業が集積しており、東海は自動車産業が集積している。なので、お互いに優位性がある産業同士が結びつきを強めることで国際競争力を高めることができる。
 というものでした。

 しかし、「名阪メガリージョン」には相当無理があるでしょう。
 実はレポート自身も「東海と関西は言語や経済活動などにそれぞれの地域カラーがあり、通勤通学や買い物など日々の行動はもとより、メディアや文化などの違いがあり、完全に一つの地域と見ることはそもそも無理なことは明白である」と告白しています。

 なので、提言は一種のショック療法で、東海、関西とも今までの延長線上で現在の閉塞状況を打ち破ることはできない、ということが言いたいのでしょうが、それにしても産業構造が知識集約型優位に変化していく現在、放送や出版、金融、ICTといった知識集約的な産業はますます東京に一極集中しており、今さら電池とクルマといったレベルの産業が結びついてもそれは弱者連合でしかありません。
 製造業の主戦場は新興国に移っていくのは必然なので、問題は国内で何を作るかではなく、技術を何に応用し、どんなビジネスモデルを作るか、ということなのです。

 レポートが指摘するように、東京と双璧をなしていた関西の零落は、脱工業化の流れの中で、それに代わる金融などのビジネスを発展させられなかったことに原因があります。いかにイノベーションを生み出すかは、技術進歩よりもビジネスモデルそのものの構想力が重要なので、住民が束縛を嫌い自己主張が強いとか、古来からの歴史文化の蓄積がある関西は、その意味では有利だと思います。どちらにしても製造業一本足打法の東海地方はストロー化が避けられないでしょう。

(補足)
 この「名阪メガリージョンという選択 ~東海と関西が連携すべき5つの理由~」の中で一番おもしろいのは、著者が大阪梅田のデパートで出会ったという大阪のオバチャン体験です。(13ページのコラム3「大阪は異国?」)ここだけでも読む価値があるので、ぜひお読みになってください。
 なんだかんだ言って、わしは共立総研が好きです。

2011年11月21日月曜日

はんわし「伊勢うどん」紀行(その3)

 高校は近鉄で電車通学しており、宇治山田駅から乗り降りしていました。
 そのころに比べると駅を使う高校生は少子化の影響でだいぶ減ったような気がします。よくホームの隅っこでタバコを吸っていた伊勢工業高校や鳥羽高校の不良生徒も今では全く姿を見かけません。子供たちは全体におとなしくなり、礼儀正しくなり、健康志向になりました。

 電車やバスを使う観光客もだいぶ減ったように感じます。数年前、伊勢志摩の定期観光バスはとうとう運行が廃止されてしまいましたし、宇治山田駅前にひしめき合っていた小さな(そして小汚い)土産物店や食堂も多くが姿を消し、学習塾やコンビニになっています。

 その中で、わしが高校生の時から全く変わらない数少ない光景が、宇治山田駅すぐ隣にある「味の朝日」です。
 オレンジ色と黄色の毒々しい照明に、とんかつ、とか、ふぐちり、とかがのたくった文字で書かれているファサードは、夜になるといっそう存在感を放ちます。

 と言うか、周りに夜やっている店がほとんどないので、ここ一か所だけが明るいという寒々しい駅頭風景ではあるのですが。

 ここに、うどんを食べに入ってみることにしました。
 ブログで「伊勢うどん紀行」を書いているので、何とか場数をこなさなくてはいけないという強迫観念と、かと言って河崎の「つたや」のような有名店では面白くないという思いもあって、高校生の時からあることは知っていたけど実は入ったことがなかった「味の朝日」に生まれて初めて入ってみることにしたのです。

 店はやはり全体に古い感じでした。しかし席数は多く、看板料理が活魚料理、なかんずくお寿司とかふぐ料理のようで、ふぐ調理師の大きな木製の看板がカウンターに掛けられていました。

 時間のせいもあったとは思いますが、予想通り非常に空いていて、わしのほかには観光客と思われる年配のご夫婦がお寿司を食べていました。

 わしはミッションである「伊勢うどん」(税込420円)を注文しました。
 待つこと約10分。(意外と長い・・・)
 極太の柔らかいうどんと、刻みネギ、そしてたまりしょうゆベースのタレがかかった典型的な伊勢うどんが出てきました。
 タレの量が少ないことが他店と顕著に違っていました(こちらを参照のこと)が、何よりどんぶりがものすごく小さなことに驚きました。記憶がフラッシュバックしたのです。
 子供の時に実家の近くにあったうどん屋も、ラーメンとかそばとか、天ぷらうどんは大きな鉢(どんぶり)に入っているのですが、伊勢うどんだけはご飯茶碗に毛の生えた程度の極小ぶりの鉢に入ってたのを思い出しました。これを思い出したのも何十年ぶりかでした。

 前にも書きましたが、多くの参宮客が押し寄せた歴史を持つ伊勢は、ファストフードともいえる餅が多種多様に発達しており、あらかじめ茹でておいたうどんを温め直し、タレをさっとかけて出せるうどんも名物になっていました。鉢が小さいのも、洗い物や重ね置きがらくだったからではないでしょうか。もともと伊勢ではこのサイズがスタンダードだったものが、讃岐うどんなどの影響を受けてどんぶりが次第に大きくなっていったというのがわしの推理ですが、真偽のほどはどうでしょうか。 

 「味の朝日」の伊勢うどんは、味は普通においしかったです。さらに、いろいろな記憶を呼び覚まされた貴重な体験をしたのでした。今度はカネためて、ふぐでも食いに来ようっと。

■場所はこちらです(ヤフー地図)

2011年11月20日日曜日

せいわの里まめや 北川さんの講演(その2)

(承前) せいわの里まめや 北川さんの講演(その1)

3 現在のまめやの活動
 まめやは農村料理レストラン、食品加工所、農村体験の3つの事業を行っている。
 レストランはバイキングスタイルで一人1000円。地元の米や大豆、旬の野菜を使い、完全手作りで昔ながらの農家料理を提供している。献立はその日の食材によって決めている。

 当初はスタッフ7人でのスタートだったが、現在は総勢35人が交代制で従事。70歳代の人は週3日の出勤。20~30代は朝9時から午後2時まで。若いスタッフが働きやすい環境にするため、子育てや家事に対応しやすい柔軟な勤務形態にしている。

 また、農家の主婦がほとんどのため、田植えの時期(4月26日から5日間)はレストランは「農繁期休業」となる。
 加工品は特産の大豆を使った豆腐、おから、味噌、そして漬物を中心に生産。まめやで使う食材としてのほか地域の学校給食の食材にも卸している。また地元のJAやスーパーにも日配品として卸している。

 農村体験は、豆腐やおからドーナツ作り、味噌作り体験のほか、農村料理教室としてまめやのスタッフを先生に旬の農村料理を作ってもらうコースもある。

 事業は順調にいっている。レストランは土日休日は200人以上、平日も100人以上が来てくれる。豆腐も遠方から買いに来てくれる人がいて要望も多いが、こだわりの生産はこれ以上は拡大できないので、当分はこの規模のまま続けていくつもり。

4 課題と展望
 地元の農家の主婦に働き続けてもらうには、「農村としての働き方」を考えないといけない。農家は農作業があり、地域や親戚との付き合いや地元の行事も大切。まめやだけで働くのではなく、これら家や地域の仕事と両立させる仕組みがいる。レストランの農繁期休業もその一つ。

 今でこそ旧勢和村は素晴らしいところだと思うようになったが、若いころは決してそうではなかった。出身はどこですか、と聞かれて勢和「村」です、と答えるのが恥ずかしかった。町のほうが、都会の方がいいと思っていた。

 しかし、まめやをやっていると多くのお客さんが地元だけでなく、はるばる遠方からも来てくれる。そして「ここは素晴らしいところですね」と言ってくれる。このことは地元の人にとっても発見である。
 今住んでいることは普通の地域だと思っている。米がおいしいのも自然が豊かなのも、いわば当たり前。それが遠くのお客さんに評価してもらえる、褒めてもらえる。
 つまり、遠方からのお客さんにとっても、地元の人々にとってもまめやが「気づきの場」になっている。

 まめやを続けていくには、勢和村にしかない「ここらしさ」を出すこと。ここに来てよかったと思わせる材料をどれだけ多く提供し続けられるかが大事になってくる。地元は総力戦で知恵を出さないといけない。

 一方で、課題もある。
 農業に従事する人は高齢化が進み、70~80歳代が主流。今でこそこのような人たちが庭先で少量多品種の野菜を作っているのでまめやの食材に使えるが、この人たちがいなくなったら野菜の入手が難しくなる。まめやでは産直市場も始めたが、おからをたい肥にして農家に還元し「豆が育てた野菜」と銘打っている。農家の支援も大切。

 また、この世代の人たちにはご先祖から受け継いだ農村の知恵がかろうじて残っている。まめやでは夏の閑散期にごまの白い花をお客さんに見に来てもらおうと、ゴマを栽培する相談をお年寄りたちにした。すると、「ゴマの灰で作ったこんにゃくはうまいぞ」という話を、ぽろっとしてくれる。「なにそれ?」と聞くと、昔はこんにゃくの凝固剤にゴマの枝を燃やした灰を使っていたという。実際にそれでこんにゃくを作ってみると信じられないほどおいしいものができた。
 せっかく知恵があっても、それは生活の一部で特に意識していないので、こちらから聞かないと思い出してくれない。高齢者は「金のタマゴ」である。もっとお年寄りの知恵が使えないかと思っている。

5 意見交換
・行政の役割
 地域活動の主体はあくまで住民。なので行政は待ちの姿勢で、やる気のある住民の取り組みは支援してあげる、というスタンスは仕方がない面もある。しかし、住民は普通の人である。ほかに仕事を持ち、意見集約や書類の作成などは本当に不慣れ。地元のために何かしたいと思っても、何をしていいのかが分からない。行政に期待したいのは、そのような住民を必要な相談相手や協力先につなぐ役割。丁寧に引っ張り上げることをやってほしい。

・役場を辞めたことについて
 自分(北川さん)はまめやオープンのひと月前、50歳の時に役場を辞めた。上司からは自分がプレーヤーになるのでなく、それをしっかり応援することが大事ではないかと説得されたが断った。まめやをオープンさせるために、農業法人の立ち上げ、補助金の申請、開業の準備など仲間と一緒に必死でやってきた。やっとそれが軌道に乗りそうだというとき、自分だけが安泰な公務員にとどまることはできなかった。仲間が嵐の中に飛び出していくのだから、自分も裸になって飛び出すんです、とかなんとか言ったことを覚えている。私もまだ若かったので。

・地域との関わりについて
 まめやをやって自分たちが一番変わったのは、地域という内側に目が向いてくるようになったこと。地域を愛しているという自覚がますます強くなってきた。この地で受け継がれた農村文化を次代に伝えていくことが本当に必要だと痛切に思っている。まめやでは子供たちから「つくし」100gを100円で買い取っている。ただしハカマは取って持ってきて、と言っている。これはこちらの手間が省けることもあるが、つくしのハカマ取りの地味な作業をしている間に、子どもとおじいちゃんおばあちゃんや、家族との会話が生まれることを期待してのもの。

(以上、文責ははんわしにあります。話の順序は一部入れ替えてあります。また、多くの部分は省略せざるを得ませんでした。一緒に津市げんき大学の場で北川さんの話を聞いた方から誤りや不十分な点へのご指摘を頂けると幸甚です。)

■せいわの里 まめや http://www.ma.mctv.ne.jp/~mameya/index.html

2011年11月19日土曜日

せいわの里まめや 北川さんの講演(その1)

 せっかくの土曜日なのに朝から雨。
 その中を、津市大門商店街にあるオーデンビルに行ってきました。
 「津市げんき大学」なる連続セミナーの第一回目として、三重県初の農村レストランとして全国的に有名な、せいわの里まめや の代表者 北川静子さんの講演会があったので参加してきたのです。

 まめやの活動については、公式ホームページや、三重県コミュニティビジネス支援サイトをご参照いただくとして、「本物」の地域産業活性化実践者である北川さんの、たいへん感動的だった講演要旨をメモ代わりにアップしておきます。
(当然ですが、文責ははんわし個人にあります。)


1 まめや発足のいきさつ

 18年前、まめやがある旧勢和村(現多気町)のJAがコメの食味計を導入した。その時、ためしに勢和村の田んぼでとれた米を測ってみたら80くらいの数字が出た。これは有名な魚沼産コシヒカリと同じくらいの値。
 有名なブランド米はさぞおいしいのだろうと思っていたが、実は自分の村でとれた米が負けないくらいおいしいことを初めて知った。地元には、住民でさえ知らない「すごい資源」があるということに気付いた。
 そのころ、自分(北川さん)は住民による特産の大豆を使った味噌作りや、漬物作りなどのボランティアグループ活動にも関わっていた。たいへんおいしい味噌ができるが、10年活動を続けても、仲間はずっと同じで皆が10歳年をとっただけ。このまま新しい仲間が入ってこなければ、いつかは味噌作り、漬物作りも自然消滅してしまうという危機感を抱いた。

 自分は当時旧勢和村役場の職員で、村の特産品PRの仕事をしていた。勢和村には丹生大師やアジサイのような観光資源があり、おいしい米があり、おいしい味噌があった。しかし、一般客から「そのおいしいお米を食べられるところはありますか?」とか「おいしい味噌はどこで買えるのですか?」と聞かれても答えられない。村内には食べられる場所も、売っている店もない。アジサイの名所もお客はただ見て帰っていくだけ。せっかく資源があるのにもったいないなあ・・・という思いが募ってきた。

 それなら、作るところ、食べるところ、売るところを自分たちで作ったらいい、というアイデアが生まれた。
 たまたま丹生大師近くに北川家の田んぼがあった。ここに店ができないかと仲間たちで話し合った。
 もともと旧勢和村は、村長のリーダーシップによって村民のボランティア活動が盛んな風土があった。農村には田畑があり、山があり、川がある。また自給自足の名残の生活の知恵がある。祖先から受け継いできたこれらの地域資源が、50歳代、60歳代の自分たちの世代で途絶えてしまうのではないかとの思いと、それをなんとか次世代の若い人につないでいく活動が必要だということで、本格的な事業活動の主体を作ろうということになった。

2 店の立ち上げまで
 本格的な事業のためにはしっかりとした事業主体を作らなくてはいけない。関わる人も本気であってほしいので、一口5万円で出資を募り、それを資本にして農業法人を作ることにした。結果的に35名の出資者から1050万円の出資が集まった。

 しかしこれではまだ店の建設には不足。そこで、三重県の「デカップリング事業」という補助金に申請することにした。これは地域資源の活用や後継者育成のための民間事業を支援してくれるもので、市町村を通じて申請する仕組みだった。
 それまでも村にはいろいろ支援してもらっていたので、補助金の申請くらいは自分たちでやると見得を切ってしまった。しかしこのため大変な苦労をすることになった。

 何せ、自分たちは田舎の普通のおじちゃん、おばちゃんである。事務仕事や、まして事業計画など作ったこともない。
 補助金の書類には、損益の見通しを書かなくてはならず、そのためには店に一日何人の客が来る見込みか、客単価はいくらか。豆腐を作って売るとしたら、その人件費はいくらか、材料費は、光熱水費は、というように商品一つ一つの原価計算をしていく。何度書き直しても書類はできず、結局、我々のような素人には書類作りなど無理だというムードにもなりかけた。
 藁をもつかむ思いで、三重県産業支援センターに相談に行くと、そこで三重県商工会連合会を紹介され、商工会の指導で書類作りをすることができた。結局、2年後にやっと補助金が交付されることになった。

 しかし、1250万円必要だったのに交付額は1000万円。運転資金はゼロという状態からのスタートを余儀なくされた。そこで、食器は自分たちの家の蔵で眠っているお皿や湯呑を持ち寄ったり、座布団はおばあちゃんたちに縫ってもらったり、豆腐を作る機械は廃業した豆腐屋から無料で譲り受けたりと、とにかく知恵と人のつながりで乗り切り、まめやのオープンにこぎつけることができた。
 地域の人の心をしっかりつかむことが本当に大事だと思い知った。一人の人間には二本の手と二本の足しかない。時間は24時間しかない。しかし、たくさんの仲間が特技や長所や人脈を持ち寄れば、何倍、何十倍の仕事ができる。このことは大きな教訓になった。

(つづく)

須賀利大池を国天然記念物指定に答申

昨日、国の文化審議会文化財分科会において、三重県尾鷲市須賀利町(すがりちょう)の須賀利大池と小池を、新たな国の天然記念物として指定するよう答申があったそうです。


 須賀利は行政区分上は尾鷲市に属していますが、地理的には海を挟んだ対岸にある、いわゆる「飛び地」です。
 長らく交通手段は船しかなく、そのためか昭和の香りが強く残る古き良き漁村の風景が、タイムスリップしたかのようにそのまま残っています。
 数年前に「にほんの里100選」にも選ばれ、この地を訪れる観光客も徐々に増えているようです。
(現在は立派な自動車道が開通しており、尾鷲市から国道42号を分岐し、約30分で行くことができます。)

 msn産経ニュースによると
 須賀利大池(約5万8000平方メートル)と小池(約2300平方メートル)は、約7千~1万年前の縄文時代前半に、入り江が自然にふさがれて湖となった海跡湖で、湖底には過去の大津波による角礫などの堆積物が良好に保存されている。
 大池周辺には、日本最大級のハマナツメ群落や、県絶滅危惧種のアズマツメクサをはじめ、希少な植物が生育。池に水をもたらす背後の山や海岸線が良好に残っているとして、周辺約39万5400平方メートルが指定されることになった。

 とのことです。
 三重県の南部は、熊野灘に面した長いリアス式海岸を有しており、南伊勢町~大紀町にかけても海跡湖がたくさんあるのですが、特に須賀利大池・小池の価値は高いようです。
 実はわしも大池には行ったことはないので、ぜひ近いうちに訪れたいと思います。
 
■尾鷲観光物産協会 http://owase-kb.jp/sugaricho.html

2011年11月18日金曜日

地域思いビジネスとは何か

 平成23年12月3日(土)の13時から、アスト津3階のみえ県民交流センターにおいて「地域思いビジネス発表会が行われます。
 
 「地域思いビジネス」とは聞きなれない言葉ですが、発表会を主宰する三重県のホームページによれば

 地域の課題解決などに取り組む社会性と、事業の自立・継続性確保のための収益性を兼ね備えた、地域のNPOや企業等による、地域を良くしたいという思いに基づいたビジネスの取組

 とのことだそうで、世間一般では、コミュニティビジネスとかソーシャルビジネス(社会的企業)と呼ばれているものとほぼ同義のようです。

 現在の地域経済の状況を「市場規模の縮小」と捉える目線ではなかなか理解できないでしょうが、中小企業のように地域に密着して事業活動を行っている現場では、企業による社会貢献やコミュニティ維持活動への参画の重要性がますます強く認識されるようになっています。

 一つには、社会的な貢献が消費者の好感を得て実際の営利活動にもプラスになること。

 もう一つは、多くの経営者が異口同音に言うように、海外移転など実質的に不可能な大多数の中小企業にとっては、地域社会が持続していくことこそが自社存立の基盤なのであって、自社の事業活動も地域の活性化と両立させていく必要があるとの再認識が広まってきたこともあるでしょう。

 NPOも、その意味では「地域思いビジネス」を担う大きなセクターです。彼らも活動を持続させるために最低限必要となる利益は自らで稼がなくてはいけません。
 社会課題に向き合うことがNPOの使命ですから、これをビジネスとして採算の確保や生産性の向上、商品やサービスの高付加価値化を図っていく必要があります。

 このような社会機運が高まっている中、地域思いビジネス発表会が行われることは大変に意義があることだと思います。

 地域経済を取り巻く環境はトレンド変化とも言うべき大きな変革期にさしかかっています。このトレンド変化に気づき、この場に集う人が、あらゆる指標が「日本の平均」を示す中間県の三重県で、いったいどれくらい集まるのでしょうか。
 地域の実力を量る意味でも(個人的には)めちゃくちゃ興味があります。

■三重県ホームページ 「地域思いビジネス発表会」参加者募集 ~地域のために ビジネスが出来ること 私達が出来ること~
 http://www.pref.mie.lg.jp/TOPICS/2011110133.htm

■ 三重のCB 
 http://hanwashi.blogspot.com/2011/02/blog-post_16.html

2011年11月17日木曜日

奈良県が「サイクリストにやさしい宿」を認定

鳥羽市と志摩市を結ぶ観光道路であるパールロードを、自転車で疾走する人が最近ものすごく増えているということを先日のブログに書きました。(2011年10月30日付け 市場の成熟化と中小企業の経営革新
 
 その中で、
「健康や環境に関心が高まっているからこそ自転車のライダーが増えるのですが、たとえば観光案内や地図、標識なども今は自動車対応のものばかりです。自転車客向けのサービスニーズも潜在的にはあるはずで、これを事業化することも新しいビジネスになるでしょう。」
 と書いたのですが、何とあの奈良県が 「サイクリストにやさしい宿」の認定 というものを行っていました。

 奈良県自転車利用総合案内サイト(こんなサイトが県庁のホームページ内にあることすら驚き。その担当部署が「道路・交通環境課 自転車利用係」というのもスゴイ!。)によると、


・奈良県では、昨年の12月に「奈良県自転車利用促進計画」を策定し、自転車を活用した観光振興や地域活性化に取り組んでいます。

・その取組の一環として、自転車愛好家の方に、奈良での自転車旅行を安心して楽しんでいただくため、「サイクリストにやさしい宿」を県が認定いたしました。

・「サイクリストにやさしい宿」の認定条件は
 ○ 自転車の屋内での保管
 ○ 自転車搬送サービスのとりつぎ(受取、保管、発送)
 の2つですが、このほかに
 ○ メンテナンススペースの提供
 ○ スポーツバイク対応空気入れの貸出
 ○ 手荷物一時預かり
 ○ シャワー・風呂の一時利用
 などのサービスを提供している宿泊施設もあります。

 とのことで、11月1日付けで、奈良市、山の辺・飛鳥、吉野などの各地域で計31か所の宿が認定されたとのことです。

 先日のブログで言いたかったのは、まさに自転車利用者の増加という「市場の成熟化」(市場の縮小ではない)に対して、ソリューションを提供する高付加価値のサービスがこれからの地域産業の中心になるという視点です。
 奈良県は、他県へ通勤・通学する人口が全国一高い「昼間人口流出県」ではありますが、観光を基幹産業と捉え、非常に戦略的に振興に取り組まれていることには敬服せざるを得ません。

2011年11月16日水曜日

三重では定説「天むす」は津市が発祥の地

昼から県外に出張することになり、電車の中で昼食を済まそうと、近鉄津駅構内にある 元祖めいぶつ天むす の千寿で天むすを買いました。


 今ではポピュラーな「天むす」ですが、三重県では、天むすは実は津市生まれであり、その発祥の店が、この千寿であると信じられています。
 天むすは、今ではきしめんやみそかつと並んで名古屋の名物のように喧伝されています。が、腹黒い名古屋人が純朴で人を疑わない津人からパクッたというのが定説です。 


 これには異論もあることでしょう。元祖めいぶつ天むすは竹皮風の包み紙にくるまれており、その中に由来書きが同封されています。これによると
 昭和30年代、津市の繁華街大門商店街で天ぷら定食の店をしていた初代水谷ヨネが、日々忙しく昼飯を作る暇もなかったため、せめて夫には栄養のあるものを食べさせたいと思い、車エビの天ぷらを切っておむすびの中に入れたのが天むすの始まり。
 お客にも提供したところ、意外な取り合わせのそのおいしさが膾炙し、次第に名物として認知された。
とのことです。

 わしは、この「車エビ」という素材と、「天ぷらを切っておむすびに入れた」という部分に、ある種の創新性を感じます。
 ブラックタイガーとか大正エビでは決してなく、天ぷら屋が使う高級食材として一般的な車エビであること。
 そして、天ぷらがまるごと入っているのでなく、切って入っていることです。
 いかにも天ぷら屋のサイドメニューだという真実味、さらに昭和30年代という時代性を覚えるのです。

 ちなみに由緒書きには「登録標識3199878号」であることも付記されており、特許電子図書館IPDLで検索すると、
【商品及び役務の区分並びに指定商品又は指定役務】は「30天ぷらを具としてなるおむすび 」であり、平成5年(1993)11月22日出願、平成8年(1996)9月30日に登録であることがわかります。
 昭和30年代に開発されたのに、出願が平成に入ってからだというのは、それだけ天むすそのものの認知度が広まり、競争が激化してきたことが原因かもしれません。

 ■千寿本店 http://www.tenmusu.com/

2011年11月15日火曜日

近鉄が新たに農業事業に参入へ

近畿日本鉄道(近鉄)が、大手商社の丸紅と、近畿大学との三者で連携して、完全人工光型植物工場および農業用ハウス(太陽光利用型植物工場)を利用した農業ビジネスに参入すると発表しました。(リンクはこちら

 近鉄は奈良県吉野郡大淀町の自社所有地に、丸紅、近大の協力のもと、完全人工光型植物工場(210㎡)と、農業用ハウス(5300㎡)を建設し、そこで生産した高品質で安全・安心な農産物を近鉄グループのスーパーやホテル、レストラン等に出荷するとのことです。
 完全人工光型植物工場では、丸紅が開発した土耕式植物工場システムによりレタスなどの葉物類やサラダカブなどのミニ根菜類等の生産を行い、年間40万株の収穫を目指すほか、農業用ハウス(太陽光利用型植物工場)では、近鉄が丸紅と近大からの助言を得て、高糖度トマトを周年生産し、最終的には年間60トンの収穫を目指すとのことです。
 事業スケジュールは、平成24年3月に施設の建設工事の着手し、8月から生産を開始。秋頃に初収穫・出荷開始を予定しています。


 産学連携は過去からさまざまな取り組みがなされていますが、すべてがビジネスとして成功したかというと必ずしもそうではありません。
 近鉄の発表にもあるように、近畿大学は「近大マグロ」「近大マンゴー」といった、大学での研究成果の商業利用に実績があることから参画したのでしょうが、植物工場はコスト面でふつうの露地栽培に比べて圧倒的に不利(コストが高い)なので、巨大流通網を持つ丸紅、近鉄といえども、どれだけビジネスベースに乗るのかが興味深いところではあります。

 しかしながら、時代は変わったと実感するのは、近鉄のような大企業が、遊休地の有効活用策として「農業」を選択するということです。昔ならテニスコートとか、ゴルフの打ちっぱなしとか、商業施設などに使われたパターンでしょう。しかし、21世紀の今は「農場」なのです。
 繰り返しますが、植物工場は採算的には非常に厳しいと思われます。反面、農業やアグリビジネスのイメージが環境にやさしいとか、安全安心といったような今の時代が求めている企業イメージに合致するからというのはうがち過ぎでしょうか。

 逆に言えば、TPPで農業が滅びるなどと言っている人は、企業や大学が進んで農業に参入してくる=ビジネスチャンスがあると見て投資してくる現状を、どう捉えているのでしょうか? まさか、企業は「もうけ主義」だから農業をすべきではないなどと言い出さないでしょうね・・・。

2011年11月14日月曜日

浪江「極太焼きそば」を食べた話

11月12日~13日にかけて、兵庫県姫路市でB-1グランプリが開催されたニュースは全国ネットのテレビ番組でもたくさん放映されていました。
 第6回を数えるこの大会。B級グルメという名前もイメージもしっかり定着し、今や食による地域おこしの一つの大きな流れに「B級グルメ」は出世しています。

 三重県からも津ぎょうざ、四日市とんてき、亀山みそ焼うどんが出店してたようですが、残念ながら入賞はかなわなかったようです。(投票結果はこちらを)

 はんわしが注目したのは、4位に入賞した福島県浪江町の浪江焼麺太国なる団体です。B級グルメのメニューは浪江極太焼きそばというもので、その名の通り、うどんと見まごう極太の麺を使い、豚肉とモヤシの具に濃厚ソースで仕上げるというスタイルのやきそば。

 実は、11月4日~5日に三重県松阪市で開催されていた 地域ブランドサミットinまつさか で、はんわし、この浪江焼きそばを食べていました。それを思い出したのです。

 浪江町の皆さんは福島第一原発の事故で全町民が避難を余儀なくされている大変お気の毒な境遇です。
 しかし、事実として浪江町=放射能汚染というイメージは抜きがたくしみついてしまっているので、何か復興のお手伝いをしたいと思っても、なかなか行動に移せない国民が大多数なのではないかと思います。

 きれいごとはともかく、実際に放射線で汚染されている恐れがある食品や農産物などを進んで食べたいと思う人はいません。それが自分の幼い子供にならなおさらです。
 食品の安全基準を明確にし、食品の放射線測定も正確・迅速に行って国民に情報を公開し、生産者、消費者の双方が納得の上で、被災地の産品を食べたり飲んだりできるような環境を、まずは国が整えるべきだと思います。

 それと関係していたのかどうかはわかりませんが、わしが松阪で食べた浪江焼きそばも、その時は売り場に閑古鳥が鳴いていました。
 隣の売り場は長崎県の佐世保バーガーで、こちらは知名度の高さもあってか長蛇の列だったので、よけい寒々しい感じがしました。

 わしはただ単に、売り場に貼られていた「放射線検査済」という張り紙に野次馬的な興味があって買ってみただけなのですが。
 売り子のお兄さんに、大変ですねえ、と声をかけたら、
そうなんですよ。こうやってきちんと安全性を説明しないとなかなか皆さん・・・。
 とのこと。

 肝心の味のほうですが、これは見た目のとおり、麺が太いソース焼きそばの味としか表現のしようがありません。
 三重県は東日本のかつおだし・濃口文化と、西日本の昆布だし・薄口文化が合流している地域ですが、個人的には東北の食べ物特有の塩辛い(ソースからい)感じがして、大好きな味ではありませんでした。(お兄さん、ごめんなさい。)
 それに、ちょうど焼いている最中だったので、わしにあてがわれたのが作り置きの冷めたやきそばだったのもちょっと残念でした。

 しかし、B-1グランプリで堂々の4位入賞なので、やはりわしの味覚がおかしいのでしょう。機会があったら、今度は焼きたてアツアツの浪江焼きそばをぜひ食してみたいと思います。

■浪江焼麺太国 http://namie-yakisoba.com/index.html

2011年11月13日日曜日

石原産業四日市工場見学会

わが国の代表的な大手化学メーカーの石原産業株式会社が、三重県四日市市の工場(コンビナート)の見学会を行うとのことです。
 石原産業のホームページによると、日程は11月18日(金)13時から15時半。ただし、電話による事前申し込みが必要で、申し込み者多数の場合は先着順となる可能性があるとのことです。
 申し込み先や締切などの詳細はリンク先をご覧ください。

 同社では情報公開の一環として定期的に工場見学会を開催しているとのことですが、今回、特に注目されているのは見学先の中心が四日市工場の「農薬生産設備」だからです。

 農薬の生産は同社の主力事業の一つですが、かつて、商品名「ワンホープ」など計三種類の農薬の原料として、毒ガスの「ホスゲン」が使用されていることが判明し、大きなニュースになったことがあります。
 このホスゲンは猛毒であり化学兵器への転用が容易なため、法律で生産には国への届出が必要とされています。
 しかし、同社は、届出を行うと猛毒のホスゲンを製造していることが工場周辺住民にも分かってしまい、理解が得られないと判断し、届出が必要な数量以上の量(平成18年には70t)を無届けのまま生産していたというものです。
(平成21年に化学兵器禁止法違反容疑で略式命令の有罪判決を受けました。ちなみにテロや国際犯罪の防止を想定していたこの法律で有罪判決を受けた例は、石原産業が全国初だったとのことで、同社の反社会性が鋭く指弾されたのは記憶されている方も多いでしょう。)

 今回の工場見学会では、このいわくつきの施設も見学できるのかもしれません。

 四日市市では現在、四日市商工会議所や四日市観光協会が中心となってコンビナートの夜景クルーズを新たな観光商品として売り出しています。
 かつて公害の街と言われた四日市ですが(そして、今なお公害の負の遺産は厳としてあるそうなのですが。)、今では環境は大きく改善され、官民協力して新しいページを開こうとしています。
 その意味で、コンビナートの産業観光は重要な役割を果たすわけですが、それと同時に、情報公開とかコンプライアンスの点でも産業観光の手法はもっと活用できるのではないでしょうか。
(その場合、はたして「観光」という名称がいいのかどうかはしばらく措きます。)

四日市コンビナート夜景クルーズに行ってみた(2010年6月26日

青空どろぼう見た(2011年9月19日)

2011年11月12日土曜日

御浜柑橘からミカンが届いた

三重県東紀州地域(三重県南部の、尾鷲市、熊野市、紀北町、御浜町、紀宝町の2市3町からなる地域)は豊かな自然に恵まれ、農産物や材木、水産物が特産です。
 中でも、熊野灘に面した温暖な気候を生かしたみかんの栽培が盛んであり、お隣にあたる和歌山県と並んで一大産地になっています。
 
 冬の気配が強まってきて、自宅での団らん時にはやっぱりこの時期、みかん。そこで家用のみかんを注文しようと思い、ネットで検索してみました。
 ただ単に「みかん通販」と検索すると、ヒットするのはほとんどが和歌山県、愛媛県、静岡県の農家です。
 せっかくなら三重県の農家をと思い検索し直すと、やっといくつかのヒットがありますが、なかなかネットだけで注文できるところが見つかりません。
 メールで注文、というところはまだしも、ファックスだと申込書を書かなくてはいけないし、夜も遅かったので電話注文は時間外。
 そんなこんなで、買い物カゴで注文が確定できる、御浜柑橘(みはまかんきつ)のホームページから注文することにしました。

 それで、今日、みかんが到着。
 自宅用ということで10kg1900円(送料別)の早生みかんだったのですが、めちゃくちゃ甘いということはないものの、外れもない、まあまあ普通の美味しさ。
 もちろん、この価格を考えれば大満足の買い物です。

 オマケに、御浜柑橘の芝社長がお孫さん(?)を両手に抱いた写真が印刷されている来年のカレンダーが入っていました。今シーズンの頂き物カレンダーの、これが第一号になりました。

 三重県御浜町(みはまちょう)は「年中みかんのとれる町」を標榜している、南紀みかんの産地中の産地ですが、このカレンダーにも

1月 温州みかん(石地※)、早香、ポンカン、伊予柑、ネーブル
 ※はんわし注 銘柄の名前でしょうか? 意味不明。
2月 温州みかん(青島)、伊予柑、はっさく、市木オレンジ(スプンオレンジ)、三宝柑
3月 温州みかん(青島)、清見、デコポン、平成みかん
 ・
 ・
 と続き、
 ・
 ・
11月・12月 早生みかん、マルチみかん
 
 と年末に至るまで、月ごとに延々とみかんの銘柄が書かれています。何だかわからないけどスゴイ。
 とにかく、一年中みんなで御浜町のみかんを食べろ、ということなのでしょう。

 ただ、せっかく書かれていても、それぞれのみかんの特徴がよくわからないので、ホームページで詳しいことがお勉強できるのもいいのではないかと思います。

 はっきり言って、みかんのような庶民的なフルーツはコモディティ化しているので、生産者には申し訳ないのですが、どこで買ってもそれほど大差はないように思います。

 ならば、
・ホームページで買いやすくしてもらう。
・みかんの詳しい情報が(学問的な解説ではなく、素人でも理解できるような)見られる。
・どんな人がどんなふうに作っているのか、顔が見える。
 といったようなことが購買動機のかなりの部分を占めることになります。その意味で、御浜柑橘は親しみやすく買いやすいホームページでした。

 ■こだわりみかんの御浜柑橘  http://www.mihamakankitsu.jp/

 あと、わしもスマホを使うようになって、スマホから注文できたらもっとラクだろうなあと思うようになりました。ちょっとした空き時間に注文できるので、意外に便利なのです。(やっとそれが理解できてきた。)
 東紀州のみかん農家さんも、何とかスマホ対応の通販サイト、作ってもらえないでしょうか?

2011年11月11日金曜日

カロリーベース自給率を信じるな

野田首相がTPP(環太平洋連携協定)の交渉参加について関係国と協議に入ることを正式に表明しました。当然のことかと思います。

 忘れている方も多いでしょうが、3年前の政権交代の時の民主党のマニフェストには「52 東アジア共同体の構築をめざし、アジア外交を強化する」というものがあり、TPPと明記はされていませんが
「アジア・太平洋諸国をはじめとして、世界の国々との投資・労働や知的財産など広い分野を含む経済連携協定 (EPA)、自由貿易協定(FTA)の交渉を積極的に推進する。」
 と書かれています。これは選挙公約なのです。国民との約束なのですから守らないといけません。
 また、この項目には
「その際、食の安全・安定供給、食料自給率の向上、国内農業・農村の振興などを損なうことは行わない。」
 とも明記されています。

 いまだに、TPPに加入すれば食料自給率が40%から13%へ下がり、日本農業は壊滅するなどと話す人もいますが、これは詭弁です。

 ここで言っている食料自給率とは、日本独特の算定方法で、世界では全く使われていない
カロリーベース自給率」というものです。

 ウイキペディアがわかりやすくまとめていますが、カロリーベース自給率は

国民1人1日当たりの国内生産カロリー ÷ 国民1人1日当たりの供給カロリー(国産供給カロリー+輸入供給カロリー+ロス廃棄カロリーの合計)

 で算出しています。

 つまり、分母が、国民が健康を維持する上で必要なカロリーではなく、輸入を含めた国民に供給されている食料の全熱量合計であるため、国内の農業生産が変わらなくても輸入が減ると自動的に自給率が上昇することになります。
 仮にまったく輸入が途絶えると、終戦直後のような食糧難となり(はんわし注 実際には終戦直後も食料輸入はゼロにはなっていませんが)、多くの日本人が栄養失調になったり餓死しますが、自給率は計算上 100%となるという、直感的におかしな指標です。

 一方、分子に当たる国民1人1日当たりの国内生産カロリーの計算は、畜産物については国産であっても飼料を自給している部分しかカロリーベースの自給率には算入していません。
 また、畜産に飼料 が必要なように、穀物・野菜・果物の生産に肥料が欠かせませんが、この肥料の自給率は一切考慮されていません。

 農林水産省は、毎日の献立を入力すればカロリー自給率が計算できるという「クッキング自給率」なるソフトを提供しています。
 これを使って計算してみると、どんなオカバな結果になるかを、このソフトを使ってみた方が語っていますので、ぜひこちらをご参照ください。(「カロリーベースって何? 日本の食料自給率の不思議」 佐塚昌則さん)
 
 一連のTPP問題は、ある意味で日本農業の先行きの暗さを明白にしました。カロリーベース自給率のような詭弁にやすやすと騙される(あるいは騙されたフリをする)人々が農業界の主流であることは、日本国民全体にとって悲しむべきことです。

2011年11月10日木曜日

海外のオリンパス報道はトヨタ問題の再来?

ガジェット通信に「オリンパス損失隠し 執拗な報道の裏にある海外メディアの思惑」という興味深い記事が載っています。

 一連の不明朗な社長更迭劇~巨額の損失隠しが判明したオリンパスですが、日本を代表する世界的メーカーの不祥事だけに海外のマスコミでも大きく取り上げられているそうです。
 しかしジャーナリストのモーリー・ロバートソン氏によると、海外メディアがオリンパス問題をとりあげる背景には、自国民の不満をそらすための「餌食」とした一面があるとの考えを示したという内容です。

・当初からエンロンやワールドコム並みの粉飾決算疑惑として報道していた海外メディアに比べ、国内の報道は日本のメディア特有の「馴れ合い体質」によって、ごく最近まで小さく控えめな扱いだった

・だが、当事者国ではない欧米のメディアが、日本の「オリンパス問題」に対しこれほど鋭く切り込む背景にあるのが、ソーシャルメディアによってアメリカ全土に拡大しつつある「オキュパイ」(格差社会に抗議し、是正を訴える占拠運動)である。

・アメリカの金融、経済システム、資本主義の在り方について、欧米の一般市民はとても大きな疑問を抱いており、多くのアメリカ人が、リーマンショック以降の経済危機に対して強い不満と不安を感じている。

・そのような状況下で、アメリカのマスメディアは「資本主義は壊れているけれども、皆で頑張れば持ち直す」という社説を通したい。そんな中で最も稚拙で小学生レベルのミス(不正)を犯した日本のオリンパスが餌食となった。

 との持論を述べたうえで、
・不正が暗黙のうちに許容されてきた日本の企業風土があるという事実は、金融に対する信頼が揺らぐなか、アメリカでは自国民の不満をそらすための絶好の対象となった。
 との考えを示したとのことです。

 日本は円高で輸出型の製造業が苦境に陥っていますが、世界の見方は逆で、日本はモノの貿易収支だけでなく、投資面の所得収支も真っ黒黒の大黒字である超優良国家で、そのような国の通貨が高いのは当たり前です。

 このような一人勝ち国家の大企業に対して、些細な(と言うと言い過ぎかもしれませんが)失点を徹底的に攻撃して溜飲を下げるというのは、リコール疑惑で全米から袋叩きにあったトヨタと似ている構図の気がします。(しかも結果的にトヨタの疑惑はほぼ濡れ衣だったようです)

 その一方で、日本の社会にも閉塞感が充満し、一部企業経営者のモラルハザードも散見され、国民もそれをあげつらうような風潮が見られるような気がします。
 国外、国内、両方の要素が相まって、まだまだ日本企業の不祥事は現れてくるのかもしれません。

2011年11月9日水曜日

三重県警「子ども安全・安心の店」

 紀南新聞onlineに、県警の新制度「安心・安全の店」犯罪から子どもを守れ! という記事が掲載されています。(11月10日付け

 三重県警が、子どもが犯罪に巻き込まれるのを防ぐために今春から始めた「子ども安全・安心の店」に、熊野市有馬町の山本屋製菓と岡田精肉店が、南牟婁郡と熊野市内では初めて認定 された

 というもので、「子ども安全・安心の店」では登下校時に店頭に立って子どもたちを見守ったり、非常時に保護する活動を行うとのことです。
 山本屋製菓と岡田精肉店の2店をはじめ、県内では26のお店や事業所が「子ども安全・安心の店」となっているとのことで、経営者、従業員の皆さんには心から敬意を表したいと思います。

 記事を読んですぐ、すでに「こどもSOSの家」というよく似た制度があるのではないか、と思ったのですが、「子どもSOSの家」は一般の民家が多いため登下校の時間帯は留守がちだったり、子どもが門を開けて入ることに抵抗があるなどの課題があるそうです。
 また以前もこのブログに書きましたが、「SOSの家」の旗を子供たちに目立つように屋外に掲げている家は、風雨で旗がぼろぼろになっていて、とても字が読める状態でなかったりして、せっかく良い制度を作っても、その質を維持し続ける~もちろん子どもの目線で~ことがとても難しいことが垣間見えます。

 その反省として新たに「子ども安全・安心の店」の制度ができたようなのですが、こちらは小学校の通学路に面していることが条件で、過去に見守り活動の実績があることが認定基準。
 最低でも月3回、従業員が通学路に立って子どもの登下校を見守らなくてはならず、さらに、県警から支給される帽子やジャンパーの着用と、店頭でのバルーン設置も義務づけられるとのことで、かなりハードルが高いものとなっています。

 確かにこれだけ厳しければ実効性は上がることでしょう。
 同時に、一概に言えないところではありますが、どれだけのお店や事業者がこれから末永く「子ども安全・安心の店」として関わっていけるのか、支援疲れにならないかが少し気がかりではあります。

 そういえば、鈴木健一伊勢市長が提唱していた「セーフコミュニティ」はどうなったのだろう?

2011年11月8日火曜日

自動車重量税と取得税は廃止しよう

 日本自動車工業会(自工会)や、全日本自動車産業労働組合総連合会(自動車総連)などの自動車業界のトップが昨日記者会見し、自動車重量税と自動車取得税を廃止して、自動車購入にかかる税負担を軽くすることで需要を作り出し、「円高で輸出の採算が悪くなって」いる自動車の国内生産を維持すべきだと主張したと各紙が報じています。(たとえば読売新聞

 日本が戦後の高度経済成長を迎えた昭和30年代から40年代にかけて、これら自動車にかかわる税金が次々創設されました。
 よく知られるように、ガソリン税(揮発油税)などの自動車関連の税金には道路特定財源に当たる部分が暫定税率として本来の税率に上乗せされており、経済発展によって自家用車や事業用自動車の普及が進むと、道路建設も進むという、まさしく「車の両輪」のような土建国家的社会スキームが誕生しました。

 ちなみに、自動車重量税は自動車の新車登録時や車検時に納付する国税で、区分ごと重量に応じて税率が決まっており、普通乗用車なら0.5トン当たり2500円です。
 自動車取得税は取得価額が50万円を超える自動車の取得に対して納付する都道府県税で、本来税率は3%ですが、暫定税率が2%上乗せされているそうです。
 他にも自動車税、軽自動車税などがありますが、それは各自で調べてください。(もちろん、車にかかる消費税もお忘れなく。) 

 朝日新聞によると、
・自工会の志賀俊之会長(日産COO)は「自動車重量税と取得税の廃止で、年92万台の販売押し上げ効果がある。これだけの需要が生まれれば、国内生産が増え、雇用も増える」と述べた。
・自動車業界は「自動車にかかる税金が英国やドイツの2~3倍になっていて高すぎる」と主張してきた。とくに、買った時の価格にかかる自動車取得税と、新規登録やその後の車検でかかる重量税は、かつては道路整備に充てる財源だったが、今は使い道が限 られなくなっており、「税金をかける根拠がない」として廃止を求めている。
 とのことです。

 これは、理屈から言っても至極まっとうなことだと思います。
 財務省と総務省は、自動車重量税と取得税を廃止すれば国や地方の税収に約9100億円の欠損が出るため警戒しているとのことですが、道路特定財源はもはや必要な時代ではなく、これだけ景気が悪い中では、まず国や地方が率先して減税し、民間の負担を減らす努力をするのは当然であることだと思えます。

 河村たかし名古屋市長が言うように、代替財源がないから税が廃止できないという論理は倒錯しており、不景気な時には国民の支出(税収)をまず減らし、減らした中で政府や自治体がやりくりするということが当たり前だからです。

 それにしても呆れるのはマスコミの報道姿勢です。
 河村市長が減税を主張したときは「ナンセンス」「さらに地方財政がひっ迫する」などと批判しておきながら、また、民主党が高速道路を無料化することで自動車利用の需要を創出し経済を活性化しようとしたときは「自動車の利用が増えるとCO2が増え、地球温暖化が進んでしまう」などと批判しておきながら、自工会や自動車総連といった大事な「CMスポンサー」の主張は決して懐疑的に報道しないのです。

2011年11月7日月曜日

Googleで検索すると・・・

 Googleで do a barrel roll と検索すると、すごいことになる、というのがブームのようです。
 お試しあれ(笑)

2011年11月6日日曜日

めでたい通信2011冬号が来た

 尾鷲にある鯛専門店 めでたい屋 さんから、冬の通販カタログが届きました。
 めでたい通信という名称で、めでたい屋こと三和水産株式会社の近況や、本社と工場がある尾鷲市三木浦地区の出来事や季節の風物詩などがまとめられていて、読み物としてもなかなか面白い内容になっています。

 意外に知られていませんが(と言うより、はんわし自身が尾鷲にかかわるようになるまで知らなかったというだけですが)、三重県は愛媛県に次いで養殖マダイの一大産地であり、特に三木浦地区などの尾鷲市の内湾は水質や水温、海流などの環境が養殖に適しており、質の高い真鯛が生産されています。

 今年は台風12号が東紀州(三重県南部の、尾鷲市、熊野市、紀北町、御浜町、紀宝町の2市3町からなる地域)一帯に大きな被害をもたらしましたが、豪雨と高波の影響で養殖業もマダイの大量へい死など深刻な被害があったようです。
 幸いにも、めでたい屋に関しては商品供給に大きな影響がなかったようです。

 ここは、めでたい焼きという鯛一匹を色、姿そのままに丸ごと蒸し焼きにし、真空パックにした商品が一番の売りですが、ほかにも鯛めしの素、鯛味噌、鯛茶漬などさまざまな関連商品を出しており、しかも毎年毎年新商品を出し続けているという企画力の高い会社でもあります。

 冬号にも「真鯛の鯛しゃぶセット」とか「炙り鯛の煮こごり」などの新商品がラインナップされています。
 尾鷲ならではの味覚に関心がある方は同社のホームページをご覧ください。

 →めでたい屋ホームページ http://www1.ocn.ne.jp/~medetai/

 さすがだと思うのは、鯛味噌なら、そのまま食べるという以外に、鯛味噌を使ったメニューのレシピが書かれていることです。

 今、三重県下をはじめ、全国の様々な地域で特産品の開発が盛んですが、その多くが「海に近い地域だから干物」とか、「山芋が特産だから、とろろそばや山芋チップス」だとか、「海藻が特産だから海藻を練りこんだうどんとか、海藻の香りの醤油」、といったような、何のひねりもモノガタリもない商品がほとんどです。すぐに消費者に飽きられてしまうでしょう。

 そこで大事になるのは、他にどんな食べ方があるのか、他にもっとおいしい食べ方は何か、を消費者に知ってもらい、新しい需要を喚起することです。
 その意味でもレシピを載せているめでたい屋のプロモーション戦略は、尾鷲の企業にしては(失礼ながら)、ずいぶん洗練されていると思います。

 なお、めでたい屋の商品は、三重県内の百貨店や道の駅などでも販売されています。

2011年11月5日土曜日

松阪での藻谷浩介さんの講演会に行った

 松阪市で開催されているイベント 地域ブランドサミットinまつさか の一環として開かれた、藻谷浩介氏による講演会「三重の未来を創造する」に行ってきました。

 藻谷さんは、株式会社日本政策投資銀行の参事役という肩書ですが、ベストセラーとなった「デフレの正体」の著者というほうが通りがいいかもしれません。
 政府統計など誰にでも入手できるデータを使って地域経済の分析を行い、世間で言われている(=マスコミが垂れ流している)「常識」が、実はいかに事実に基づいていない空論に過ぎないかを喝破したうえで、日本がこれから人口が減少していく「人口オーナス」の時代に突入していくことから、現在の大量生産型の製造業中心の産業構造を、より付加価値の高い産業に進化させていかないと日本経済の未来はないと説きます。
 このような論旨の「デフレの正体」は、本当に目からウロコの本なので、ぜひ皆様にもお一読を勧めたいと思うのですが、今日の講演会も、基本的にはこの本の内容を踏襲したものでした。

 まず、藻谷さんは東日本大震災によるサプライチェーン寸断から話を始めます。
 茨城県にあるルネサスエレクトロニクス(株)は、自動車用半導体で世界のシェアの4割を握るトップ企業です。ここが被災したため、多くの自動車メーカーが生産停止を余儀なくされたことは有名な話です。
 それほど技術力が高く、市場シェアも高い企業だからさぞや利益を上げていると思いきや、実は同社は5期連続の赤字決算です。
 つまり、技術力が高ければ、あるいはシェアを握っていれば企業が儲かった時代はすでに終わっており、最も大切なのは「経営力」である、ということが再確認されます。
 上場企業として公開されている同社の業績を自分の目で確かめればすぐわかることなのに、世のマスコミやエコノミストの多くは、何かにつけて、このような実証作業をしていないため、データ(事実)とは異なる空理空論を振りかざしている、というのが藻谷さんの問題意識です。

 以下、要点をかいつまんで書くと、

・2001年~2006年にかけて、三重県は全都道府県の中で最も経済成長率が高かった(約14%)。これはシャープ亀山工場のような企業誘致策が功を奏した影響もある。

・しかし県民の多くはそれによって暮らしが豊かになった実感がない。現実に、三重県の小売販売額は横ばいないし減少している。つまり、儲けた金が地域の中で循環していない。

・地域内の消費が伸びない(物が売れない=金が循環しない)ことは、愛知県や東京都でもほぼ同じ傾向である。つまり日本全体で国内ではカネが回っていない状態になっている。

・なぜ日本では物が売れないのか。それはカネを持っている人の多くが高齢者で、活発な消費活動をしないから。もちろん彼らは「安ければ買う」という消費行動はとらない。

・また、中国やインドなど新興国のキャッチアップで日本の国際競争力が低下していると言われるが、実際には日本の輸出額は年々増加し、バブル期すらはるかに上回る過去最高の輸出額となっている。

・中国や韓国などの製造業は大きく発展しているが、その生産活動に使われる部品の多くは日本製。つまり、中国や韓国が経済成長すればするほど、日本からの輸出も増え、儲かる仕組みになっている。

・しかも日本は海外に資金を投資した結果、受け取る利子や配当などの「所得収支」が大きく伸びており、モノの輸出で稼ぐ「貿易収支」の黒字を上回る状況になっている。モノを外国に売ってもうけるのでなく、資金を運用して稼ぐ時代に変わってきている。

・このように輸出額が大きく伸び、各国から貿易黒字を稼いでいる国の通貨が高いのは当たり前のこと。輸出が好調だから円高になるのであり、円高だから輸出に悪影響が出るという意見は、原因と結果を取り違えている。

 それでは、日本は、三重県はどうしたらいいのでしょうか?
 その答えの一つが地域ブランドです。
 日本は中国やアメリカに対しては貿易黒字ですが、フランスやイタリアなどに対しては赤字になっています。
 ワインやブランドバッグ、服、高級スポーツカーなど、ブランド力があり、価値がわかる人はそれがどれだけ高価であっても納得して購入する商品(つまり、ブランド力がある商品)を多く生産している国は、自動車や家電製品を大量安売りする国よりも利益率が高いのです。
 日本も、ブランド力を生かした、付加価値が高い製品やサービスを、海外の顧客に販売・提供するビジネスモデルへと産業構造を転換していくことしか日本が生きる道はないというのが藻谷さんの結論です。

 藻谷さんは年回500回以上(!)もの講演で全国を飛び回っているだけあって、時々クイズなども交え、面白おかしく話をしてくれるのであっという間の100分間でした。
 ただ、講演中に寝ている人は気に食わないらしく、いろいろ皮肉を言ったりしていたので、あ、藻谷さんってこんなこと言うんだと思ったのも事実です。

 産業構造が輸出型製造業(と、その下請け)の一本足打法である三重県は、経済の大きなトレンド変化の局面にあっては、トップランナーからあっという間に脱落してしまう危険をはらんでいます。
 その意味で、ぜひ多くの県職員にも聞いてほしかったのですが、わしが見た限り、三重県庁からの参加は、AKさんと、お付きの秘書だけだったようなのが残念ではあります。

2011年11月4日金曜日

三重県のUターン・Iターン就職情報サービス

 先日四日市市で行われていた、みえリーディング産業展で、株式会社アーリー・バードのブースで見つけたビジネスです。

 三重県のような田舎では、Uターン希望者にとって最も大きな問題は「働く場所が見つからない」ということです。
 有効求人倍率といった見かけ上は、働き口はいくらでもあるのですが、今まで社会人として積んだ経験や知識を生かした知識集約的な職業を求めている場合には、ハローワークや求人誌、チラシで見かけるような職種はほとんどマッチしないのが現実です。

 その一方で、地域の企業にとっては、ビジネスがますますグローバル化、複雑化している中、たとえば外国語とか海外ビジネスの知識、知的所有権に関する知識などを持つ人材は貴重であり、潜在的なニーズは非常に高いという現実があります。
 しかし、そのような人をどう見つけたらいいのかわからないし、どのように処遇していいのか(待遇や給与面なども含めて)がわからないという悩みもあります。

 そこで、アーリー・バードが行っている、この「みえU・Iターン特化型人材紹介サービス」のようなマッチングビジネスが重要になります。

 このシステムの強みは三重大学や株式会社三重TLOとタイアップしており、同大学と関係がある三重県内の研究開発型の企業などからの、いわば「スジの良い」求人情報が豊富であるということのようです。

 若年者だけではなく、三重県は大企業の製造工場が多く立地しており、たくさんの技術者、技能者が毎年定年退職していますが、もしかれらOBを中小企業に迎え入れることができれば、技術も活用でき、中小企業の技術高度化にも貢献できます。

(また、マクロ的には今後、国内製造業の再編が進むと、雇用が流動化し、一時的に失業が増えると予測されます。
 これはある意味チャンスで、中小企業は優秀な人材の確保が容易になる可能性があります。)


 雇用というナーバスな面があるサービスだけに、実際にどれくらいのマッチング事例があるのかとか、このサービスによって、Uターン、Iターンができた方の体験談など、求職者が知りたいような情報があまりオープンになっていないのが残念ではありますが、ぜひさらにサービスの知名度を上げて、求職者、企業の双方にメリットがあるこのビジネスをますます発展・拡大させていただければと願います。

 
■ みえU・Iターン特化型人材紹介サービス((株)アーリー・バード)
   http://www.ebird-jinzai.jp/

2011年11月3日木曜日

来年の大河ドラマ「平清盛」と伊勢神宮

 昨年の今頃は、NHKの大河ドラマで江姫(ごうひめ)が主人公になることが、三重県内ではちょっとしたホットな話題でした。
 
 江は幼少のころの一時期、伊勢上野(現在の津市河芸町)にお市の方や姉たちと共に居住していたこいう説があり、津市がロケ地になることで大河ドラマ特需にあやかろうという思惑が渦巻いていました。
(もちろん、郷土の歴史をもっと深く知ろうという意識が住民に広まったことも事実ですが。)

 早いものでもう一年がたち、来年の大河ドラマは松山ケンイチさんが主演する「平清盛」だそうです。

 平清盛が活躍したのは平安時代の後期、今から900年も前のことなので、大河に頻繁に取り上げられる幕末期や戦国時代に比べて、あまりにもはるか昔のような気がします。
 しかし、平安時代の末期は古代から続いてきた朝廷の統治能力がほぼ完全に失われ、政争と戦乱、天災が続く、不安定で混沌とした社会でした。

 清盛は、その混乱期に知能と武力でもってまたたく間に権力を握り、天皇の重臣という形式をとりながらも、武家による独自の軍事政権を打ちたてて政治を行うスタイルを確立した、日本国史上でもまれな傑出した人物だといえます。
 清盛に由来する武家政治の基本形は、鎌倉幕府、室町幕府、織豊政権、江戸幕府と長らく踏襲され、日本の政治や文化、経済の歴史に大きな影響を与えたのでした。

 さて、その清盛の一門は、同じ平家の中にいくつもある分家のうちでも、伊勢国に本拠を置く伊勢平氏の流れを汲んでいます。

 伊勢国は、都に近く農耕も盛んで、安濃津という伊勢湾の良港があったなど、武士団が経済力を強め、政界に進出する足がかりを築くのに都合の良い領地でした。

 清盛の父である平忠盛は鳥羽上皇に重用され、平氏一門で初めて殿上人の官位を得た人物。
 その子、清盛も一門の本拠地である伊勢を重視しており、伊勢神宮や熊野三山にも何度か参詣しています。

 伊勢神宮外宮には、今でも清盛楠(きよもりくす)と呼ばれる楠の古木があります。

 その昔、勅使として外宮に来た清盛の冠にこの木の枝が触り、怒った清盛が枝を切り払わせたという逸話があります。

 大神宮の神前もはばからないこの横暴は、多くの人々に清盛が政治権力の頂点にいることを思い知らせた出来事なのではなかったでしょうか。

 おりしも、外宮は平成25年に第62回の式年遷宮を迎え、正宮の隣では神殿造営の工事が始まっています。(工事現場には囲いがされて中は見られませんが、大きな説明看板が立てられています。)
 歴史ファンの方はあらためて平清盛にもゆかりがある伊勢神宮を訪れてみてはいかがでしょうか。

(清盛楠は表参道の火除橋を渡ったすぐ右手にありますが、看板はなく、わかりにくいので、衛士さんに場所を教えてもらったほうがいいでしょう。)

■伊勢神宮ホームページ
  http://www.isejingu.or.jp/

2011年11月2日水曜日

リーディング産業展「経営革新セミナー」

 四日市市で今日と明日の二日間開催されているリーディング産業展みえ2011で開催された経営革新セミナーに行ってきました。

 経営革新とは、一般的に「イノベーション」と呼ばれる、新商品・新サービスの開発や、新市場の開拓、新規事業の展開などの、新しい取り組みのことです。
 イノベーションは中小企業が生き残り、事業を拡大していくには不可欠であり、国も中小企業新事業創出促進法に基づき、経営革新支援制度を設けて支援しています。ふだん、経済産業省への悪口も書き散らいしているこのブログですが、経営革新支援制度は(産業政策では連戦連敗の経済産業省には珍しく)非常によくできた制度だと思っています。

 経営革新支援制度とは
1) これまで自社で取り組んでいなかった、以下のような新たな事業活動を行うこと。
  ・新商品の開発や生産
  ・新役務(サービス)の開発や提供
  ・商品の新たな生産方式や販売方式の導入
  ・役務(サービス)の新たな提供方法の導入その他の新たな事業活動

2)事業内容や経営目標(付加価値額又は従業員一人あたりの付加価値額が年率3%以上伸び、かつ、経常利益が年率平均1%以上伸びる目標であること)を盛り込んだ「経営革新計画」を作成して、都道府県知事の承認を受けること。

 という2つの要件を満たせば、低利融資や信用保証の特例などを受けられるというものです。
 中小企業の方にせひもっと多く活用してほしい制度だと思います。
 くわしくはこちらを(三重県庁)→http://www.pref.mie.lg.jp/KINYUSI/HP/kakushin/

 以上のように、行政も中小企業の経営革新(イノベーション)を強力に支援していますが、その主役となるのは経営者自身であり、自らがビジネスプランを考え出さなければいけません。

 今日の経営革新セミナーは、その発想のヒントをどう生み出したらいいかというテーマであり、「消費構造の大きな変化と経営革新で成功するヒント」と題して、中部百貨店協会の大西隆信事務局長が講演されました。

 内容については、これからの日本は人口の減少、高齢化が進み、市場が成熟化するため、今の社会構造や社会システムが大きく変化せざるを得ないという、いわゆる「人口オーナス」論であり、データを豊富に用いた説得力のあるものでした。
 その中で、経営革新に取り組んだ中小企業者の実例として、岐阜県本巣市にある株式会社アステスの高田社長がゲストに招かれ、同社のオンリーワン技術である「サンドブラスト工法によるアスファルト舗装面の模様化」の事業化による経営革新についてのディスカッションが行われました。

 同社のサンドブラスト工法についてはホームページを見ていただくとして、ディスカッションのポイントは以下の2つだったと思います。
・日常の仕事においても、常に疑問を持つ。何のための仕事(作業)なのか、もっと効率よくするにはどうしたらいいか。経営革新は無から有が生まれるのではなく、日常業務の延長線上にある。
・成功するまで継続する。高田社長は(最も苦労した)サンドブラスト加工機の開発に6年間かかり経費も6千万円投資したが、自分の頭の中にはしっかりした「完成イメージ」があったため、ぶれることがなかった。

 見た目といい、声の大きさといい、いかにも元気のいい土建屋の社長さんという感じの高田さんでしたが、言葉の端々に発想のヒントと、経営革新をやり遂げた自信がみなぎっているのを感じました。非常に有意義なセミナーでした。

2011年11月1日火曜日

OFR48デビュー曲「お客さまはハダカです」

 いわゆる「あやかりモノ」というのか、パクリというのか、AKB48をもじった、なになに+数字 みたいなネーミングが異常に増殖しています。
 最近笑ったのは、三重県警「MKB68」でしたが、これは県政ウォッチャーをはじめ、多くの人がネタにしているのでここでは触れません。

 Facebookで見つけたのが、OFR48なる、お風呂アイドルと称するみなさんです。




 スーパー銭湯や温泉などの温浴施設で働く女性従業員で結成する素人アイドルグループだそうで、これらの施設に足を運んでもらうきっかけになるために生まれたとのこと。

 11月26日に開かれる、第1回 日本おふろ元気プロジェクト の会場においてデビューするそうです。
 以上、小ネタ。

■おっぱいリレー(おわせ夢古道の湯HP) 
 乳がん患者などが付ける人工乳房を順番に全国各地の温泉や銭湯の湯に浸して異常が出ないかを確かめ、人工乳房を付けたまま入浴できる施設には認定証を発行するもの
 http://yumekodo.jp/a_mamma/